今にも泣き出しそうな空模様。 改札へ向かう足音も皆、心なしか急ぎ足で。 靴音が一足さきにやって来た通り雨のよう。
「ええっ?」 「何かあったの?」
昨日と同じ時間に会社を出させてもらい、その足で大森のイ氏の元にゆきました。
大森の駅を出たところで、パラパラポツポツとしずくが袖を捲りあげた腕を叩きはじめました。 駆け足で向かいます。 折り畳み傘はいつも携帯していますが、一度広げると後が億劫になるのであまり積極的に差そうとはしないのです。
田丸さんもわたしの顔を見て「どうしたんですか?」と、パッチリしたきれいな眼をさらに見開いて驚き、パチパチと瞬いていました。
仕事が落ち着いていて、だからいつもより早く来てみたのです、と答えると、いつも最後の八時前に来るのに、と腕時計を捲って確かめていました。
まだ七時前。 髪のカラーリング、赤っぽくしたんですね、と気付いたことをいうと、「ラテン系を入れてみようかな、と」はにかんだ笑顔が、パッと咲きこぼれます。
「コンテストとかが近い、とか?」 「そういうわけじゃないんですけど、髪型を変える前に色を変えとこうかと思って」
田丸さんは社交ダンスを習っているのです。 ラテンと聞くと、あまりダンスに詳しくはないのですが、チャチャチャとかルンバとかも含まれるのでしょうか。
「出会いはありましたか?」
薮から棒の質問に、わたしは何と答えるべきか戸惑うばかり。 藪をつついて蛇を出すのか、はたまた鬼なのか、出てきたのは何のへんてつもない「あったらいいですね」と、後にも先にも続かない言葉。 もう少し気の利いたことを言えないのでしょうか。 えてしてそんなものです。
そして田丸さんが隣室のイ氏にわたしの訪れを告げに部屋を出ていったところで、冒頭の驚いた声、に続くのです。
驚き過ぎです、と言うと、だっていつもよりえらく早い時間なんだもの、と口をポカンと開けて迎えられてしまいました。 早い時間といっても、それは他に待っている方々がいてわたしが最後になる時間ではない、というだけのことです。
ですから、いつものように後を気にせずにゆっくりお話をするわけにはゆきません。 話題は放射線量測定に関して、触れたりする外部被爆よりも食事や呼吸等からの内部被爆の方が重大といったお話などをしました。
年間被爆量と生涯被爆量と、計算根拠の算定量は違うのでしょうか。 生涯を年で割り出したわけではないと思うのですが、人は成長してゆきます。ずっと幼児の身体の大きさではないのです。幼児と大人は許容量がもちろん違いますよね。
そんなことを考えると、その根拠を理解して皆さんは訴えをあげているのか、と悩ましく思ってしまいます。もちろん、眼に見えない蓄積が将来のいつ表面化してくるのかわからないのですから、心配な気持ちにはなります。
もし、わたしに幼子がいたとしたら、やはり心配するのでしょうか。
「見えなかったり、逆に見せられたり、我が身に降りかかっていると実感することがない限り、なんだか全部、作りごとのような感覚になっちゃうんですよね」
イ氏は笑ってました。
諸々の不安を、どうか笑って乗り越えてゆけますように。
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