「隙 間」

2011年07月17日(日) 「妖怪アパートの優雅な日常 六」とアシモ友

全盲の彼は母親が手をひいてくれるまで、じっとあそこから動かないでいるでしょう。
何時間でも、何日間でも。
動かずにいることこそが、今の彼にとって最も安全な世界だとわかるからです。

男の子は二十分間強、泣きもせずにじっと手をひかれるまで立ち続けていました。

これがあなたのお子さんの現実なのです。
不安でも、泣きたくても。
一度も誰かがそうしている姿を見たことがないのだから。
見ることができないのだから。
感情を表現するやり方がわからないのです。



男の子は現在、全盲の彼を受け入れ支えてくれる大学をみつけ、通っています。

「まじめで面白味がないつまらない男だとモテないから、面白いひとになってモテたい」

と恥ずかしがりながら、照れ笑いで答えていました。

以前に観たものか、その後のものなのか、そのドキュメンタリーと深夜偶然、再会しました。

まさに再会だらけの一夜でした。



香月日輪著「妖怪アパートの優雅な日常 六」

交通事故で両親を亡くし中学生で天涯孤独になった稲葉は親戚に預けられ、厄介者としてひとの家に居なければならない歯痒さから自立の道を選ぶ。

何よりも自立するための経済力。

商業高校で実務的に役立つ知識を身に付け、平凡でもいいが安定した人生を目指すことにした。寮に入れば、親戚の家を出ることもできる。

そうして入学式を前にしたある日、寮が火事で全焼してしまい入寮できなくなってしまう。
そこで格安のアパート「寿荘」と出会ってしまう。

「寿荘」は別名「妖怪アパート」
管理人は巨大な影の固まり、怪しい魔書禁書古文書を取り扱う自称「古本屋」(人間)、マニアの間では高名な自称「画家」と自称「詩人」(共に人間)、「祓い師」(おそらく人間)と「祓い師見習い」の女子高生(人間)、人間になりきってあらゆるサラリーマンを繰り返し続ける幽霊、児童虐待で母親に殺されたその後も何度も殺され続けていた子どもの幽霊、手首から先しかない料理の達人の幽霊などなどが共に暮らしている正真正銘の「妖怪アパート」だったのである。

天涯孤独で孤独と意地で凝り固まっていた高校生稲葉は、見事に周りの立派な大人と妖怪たちによって「常識の壁」をぶち壊され、強く逞しく「自立」と人生に本当に必要なものやことを学ばされ成長してゆく。

ひょんなことから稲葉自身もとある魔書の使い手になってしまい、鍛えもせずに魔書の持ち主でいるのは寿命を削ってゆくだけだと、経験豊かな先輩や住人たちに忠告され、寿命を削られない程度の体力作りである修行をはじめる。

それでも高校生活は怠ることなく勉学交遊に励み、孤独だった世界から世界が広がってゆきはじめたのだが。

見えない世界が見えるということは、見えなかったものやことまでもが見えてしまうということである。

「俺が目指すは公務員か、平凡でありきたりでも安定した人生」

との目標通りにはなかなかゆかず、ひとよりも比べ物にならないくらいに濃い青春学園生活を送ることになってゆく。これまでの人生を埋め合わせるには十分過ぎるほどの。



稲葉には彼を彼たらしめんとしてくれる長谷という友人がいる。
時には殴ってでも過ちを気付かせ、また時には余計なことは聞かずに信じてくれたり、誰にも見せないだらしなく緩みきった無防備な顔を見せてくれたり。
また勝ち負けではなく、友としてせめて恥ずかしくないようにあろう、と自ずと思わされたり。

そんな友人が人生においているというのは、何より素晴らしいことである。

さて、ふわふわした、ゆるみきった、だらしない姿をあらわにした一夜を過ごした翌朝。

わたしは二足歩行ロボット「アシモ」の姿に成り代わってしまっていたのです。

「ど、どうした!?」

寝起きの長谷、ならぬ友がギョギョッと固まるほどの衝撃を与えてしまうほどに。

昨夜寝る前に、少し怪しいと漏らしたわたしに、横向きとか負担にならない向きで寝なよ、と忠告してくれた通りに寝たはずでした。

「動くのが無理なら、俺だけで駅に向かうから……」
「俺の食事を奪う気か!?」

食いぎみで友の気遣いを真っ向否定させてもらってしまいました。
過去にも似たような痛みなので、ぎっくり腰ではなく、筋を違えたとか骨盤が開いたというかそういったようなものだろうと思います。

しかし時々、「夜は短し〜」の黒髪の乙女のロボットダンスのような歩行になってしまいます。

maybe〜♪
maybe〜♪
ズキズキかもしれない〜♪

例えばこれで、パシーンとシップを腰に貼って「大人しくなさい」とわたしをベッドにねじ伏せるようなひとがいたら、などとうたかたの世界に逃避してしまったりします。

二、三日はアシモのように、しかし荷物は軽くして、大人しく過ごしたいと思います。


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