目が覚めると、
そこは……。
紀伊国だった……。
……て、なんで?
なんで、夜行バスでサービスエリア休憩がたった二回しかないんねや?
しかも深夜零時に一回、十分だけでいったい何せいっちゅうねん! 二回目の休憩は明け方四時?
そうかこれは悪夢だ!
もう一度寝て起きたら、 きっと、
幻のメローンパンや、 アメーリカン・ドッグや、 ツキー見そばが、
キラ星のごたる輝く、 夢の世界が待ってるはず!
そうとわかれば、 さっさと寝ます!
おやすみぃ……。
……zzz。
……ハッ。
目が覚めたら朝八時過ぎに紀伊勝浦の漁港前に下ろされて。 しばし太平洋を眺めてました。
ボーッ。
汽笛ではありません。 わたしの正気に還るまでの小野真弓、じゃない、オノマトペ(擬態・擬音語)です。
……ハッ。
いけない、駅レン太くんとの約束の時間は九時。 韜晦(とうかい)している場合じゃありません。 すぐに時間になってしまう!
時間の十分前に着いてもレン太くんはまだ開いておらず。
駅前で一服しながらお客さん待ちしているタクシーのおっちゃんと談話しつつ待ち、時間ぴったりに開店したレン太くんから鍵を受け取りました。
颯爽と乗り込むわたしに、さっきのおっちゃんが、手を振って見送ってくれました。
その横に、レン太くんのお兄ちゃんもいたはずです。
たしか……。
「ほな、気いつけてや」
また軽く手を挙げてくれたおっちゃんに、ハザード・ランプを瞬かせ……。
チッカ、チッカ、 チッカ、チッカ、 チッカ……。
ハザード五回点滅させて。 ってドリカムかい!
「愛してる」の合図ちゃうわ!
おっちゃんもびっくり、わたしもびっくり!
はい。 ハザードではなく、 ウインカーです。 きっちり数は数えてません。
「大門坂」に向かいます。 「那智大社」のガイドブックに、「熊野古道を手軽に味わうなら」と一番に紹介されているところです。
しっかりと立派な「階段」でした。
古道らしくなる入口に「夫婦杉」なる立派な杉の大木が門のように構えて迎えてくれます。
それはそれは「待ってました」な雰囲気で、平安貴族の姫がわたしを待っているかのように立っていました。
幻覚がっ。 現実逃避かっ。 ここまできたかっ。 (ガクガク、ブルブル)
実は入口脇の茶屋で、平安貴族の参詣衣装を着せて記念写真を撮ってくれるサービスがあるのです。
さあ、いよいよ正真正銘! 熊野古道デビューです!
古道から出てきたら、
茶髪にピアスに眉剃って、 あらまあ! すっかり別人!
いったい いつの時代の、 デビュー?
原生林ばりの苔むした石畳の大門坂を上りきる頃には、両膝がケタケタと笑ってました。
はい、こちら西部署の大門! ヘリコプターからライフル構えて、バキューン!
「西部警察」の渡哲也かい!
笑ってくれたのはわたしの両膝だけです。
那智大社はこの大門坂を上った後さらに階段を、かなり上らなければなりません。
それでも、金刀比羅宮に比べたらまだまだです。
ごめんなさい。 行ったことないです。 行ったことある。 みたいに語って、 ごめんなさい。
ここからの階段は舗装されて両側にお店等が並ぶきれいな階段です。 ここまで車やバスで楽々来れます。
ゼェハァ、ゼェハァ。 ドクドク、ドクドク。
もうろうとしたまま、最初熊野詣での那智大社にお詣りです。 手を合わせて目をつむると、息切れと動悸しか聞こえません。
もしやこれが……。
無我の境地ですか?
すでにわたし……。
悟りの境地ですか?
はい、ごめんなさい。 私的な願掛けをする余裕なんかありませんでした。 せめて思い付いたのは、
「天下泰平」
……江戸時代か!
しかし、
額から、 眉山から、 もみあげから、 あごから、
汗が滝のように流れ落ちて
「ここにも那智の滝が!」
滝に打たれ、もうろうとしたなかでの「天下泰平」は、きっとわたしの本心だと思います。
そうなんです。
「那智大社」は、日本一の「那智の滝」があります。 てか、滝こそがご神体です。 落差が百、百……百何十メートルあります。
ごめんなさい。 正確に覚えてないです。 わたしの脳は、 だいたいアバウトです。
死ぬ気でせっかく上ったのに、那智の滝を見に行くには、違う石段をまたズンズン下りて行かなければなりません。
いや、べつに。 ここからでも小さくてもよければ、全っ然、見えます。
見えるんだ。
そっか。
見えてるじゃん。
今きた階段をそのままUターンして、車に乗って、次へ行っちゃおう……。
誰も見てないし。
誰も害はないし……。
(ブルブルっ)
首を振り、下りる階段を間違えたつもりで笑う膝を誤魔化して、那智の滝方面へと向かいました。
国民に勇気を与えたその姿は、 まさに国民栄誉賞ものだ!
じじじ、辞退させてください!
御神体でもある那智の滝のマイナスイオンを浴びながら、不届きな自分の妄想を平に謝ります。
突然ですが、ここで大人である諸氏皆様に質問です。
「神仏習合」って、ご存知ですか?
はーい、もっと寄って! はじっこがはみ出て映らないよ! はい、じゃあ、いきま〜す!
ハイ、チ〜ズ! (パシャリ)
「集合」写真の方ではありません。
神社の神道と、お寺の仏教を、
パイルダー、オン!
と国が合体させた歴史上の出来事です。
あぁ。 またおふざけしてしまって、 ごめんなさい、ごめんなさい。
マジンガァー……。 ゼーット!
水木のアニキ、ごめんなさい!
熊野三山はこの出来事にもやはり深く影響されています。 それぞれ仏教神と絡められ、過去、現在、未来(来世?)の救済とご利益があるそうで、
熊野速玉大社は、 速玉大神(過去世の救済・当病平癒)=薬師如来
熊野那智大社は、 夫須美大神(現世の利益)=千手観音菩薩
熊野本宮大社は、 家津美御子大神(来世の加護)=阿弥陀如来
となっているそうです。
元々は仏教の「四天王」や「八部衆」やら「十二天」等の戦隊モノちっくなものに少年マンガから興味を持ちはじめたのですが。
ごめんなさい、ごめんなさい。 「七福神」くらいしか、 正規メンバーがわかりません!
現在(現世)のわたしの愚かしさは、きっとこの那智の神様がきれいサッパリ、水に流してくれたでしょう!
たぶん……。
さあ、飯だ飯だぁ!
新宮市にある熊野速玉神社と、速玉神社が新宮と呼ばれる由縁となった神倉神社を午後で回ります。
朝食をとらずにいたので、もう。
がルルる……。 シャァーッ!
近付くものはすべて噛み付く。
「怖くない。怯えてただけなんだよね?」
の青き衣をまといし姫姉さまだろうが容赦しません!
容赦なしといえば、中国は秦の始皇帝・政に、
「不老不死の妙薬を手に入れてまいります」
とまんまと資金資材を出させ、バシバシ部下たちが死刑にされてゆくなか、無事とんずらぶっこいて生き延びた「徐福」という人がいます。
彼が行き着いたのが、ここ「新宮」だったのです。
東の蓬莱島。 金の国、ジパング!
金だ金だぁ! 不老不死だぁ!
わっしょい、わっしょい! 祭りだ、祭りだ!
徐福は元々、漢方に詳しく商才にも長けていました。 くわしくは「史記」や、たしか「十八史略」にも書いてあったような気がするので、読んでみてください。
わたしの脳は、だいたいアバウトなもので。
ですから不老不死というのもあながち嘘ではないのです。
健康が一番! 漢方ごっくん!
その「徐福」の名を冠した「徐福寿司」さんで、名物「さんま寿司」を頂きました。
なれ寿司のように、さんまを塩で漬け込んで、一匹まるまる、
ガバッ!
と酢飯にかぶせたお寿司です。
ンマっ。 ンマンマ。
ドカベンの「花は桜木、男は岩木」ほどではありませんが、
じぃっと見つめてくる頭と、 ペロンと垂れてくる尾っぽ、
を除いて美味しくきれいに平らげてしまいました。
このさんま寿司は、保存食からきています。
明日のお弁当に「お持ち帰り」決定です。
お腹がくちくなって、至極ご満悦なわたしは、ポンポン腹鼓を叩きながら「新宮」こと、熊野速玉大社へ向かいます。
熊野速玉大社は、なんと平和なのでしょう!
一段も、階段を上らなくてすむのです!
ビバ! ハヤタマ!
速玉大社は「新宮」で、 神倉神社が「元宮」です。
神倉神社からイザナミのミコトが速玉神社にお引っ越ししたのです。
イザナギ・イザナミといえば、日本の陸地を造った神様です。
アメノヌボコという矛で、
アハハっ ウフフっ きゃっ冷たい、やったわねぇ わっ冷てっ、コイツぅ
などとバカップルよろしくかどうかはわかりませんが。
矛の雫から、淡路島四国九州本州が出来上がったそうです。
歴史の前後関係の矛盾はさておき、神倉神社は、本来の自然崇拝信仰のなかでも王道的な「巨岩」が御神体です。
険しい崖の上に、
巨岩が、
デン!
「ゴトビキ岩」と呼ばれ、「ゴトビキ」とは熊野弁でヒキガエルのことです。
ゲロゲーロ。
まさに崖のような、 手摺もない、
石をなんとなく階段っぽく並べてみたぞ?
な石段を五百三十八段も上らなければならないのです。
石段の麓にお賽銭箱があり、頂上までゆかずともご参拝はできます。
なんだ。
できるんだ。
速玉大社で平和ボケして油断していたわたしの両足に、
今だ!
と石段を上らせました。
……。
騙したな? 訴えてやる! ストだ、ストだ!
踏み外したら、止まるところなく真っ逆さま。
死亡確実。 死亡遊戯。 ブルース・リー!
ゥワチャァーッ!
とにかく、険しいこと尋常ない!
「毎日参拝してたおばあちゃんが転落して亡くなったらしいわよ」 参拝して下りてきたおばさまに、お話されました。
転落事故!
ガクガク ブルブル
なぁ、やっぱ、やめようやぁ?
洒落になりません。
しかぁし!
おばさまだって行ってきたんだ! わたしが行かないわけにはゆかぬ!
絶対に敗けられない闘いが そこにはあるのです。
恐怖と疲労で震える膝を支えながら、ついに!
下りるときの方が、はっきりいって「恐怖」です。
東京港区にある愛宕神社の「出世の階段」も、それはそれは恐怖な階段ですが、手摺があります。
しかしここは、自然崇拝のありのままを、なるべくそのまま残されてます。
「畏れ」こそ信仰の対象です。 熊野の「熊」は「畏」です。
すっかり「畏れ」によって、祓われた気持ちです。
現在(現世)の救済とご利益を、得られた気分満々です。
ええやないの! 思うのは勝手ですから!
過去と現在のお詣りは済ませました。 あとは未来(来世)を司る熊野本宮大社を目指すだけです。
しかし忘れてはいけません。
明日、「大雲取越」を歩きます。
これが本番です。
今日のたったこれだけの石段で笑ってしまっている膝が、
拒否反応……。
ケタケタケタ。 プルプルプル。
紀伊勝浦「まぐろ三昧 那智」のまぐろづくし定食をついばみながら説得します。
笑うくせに口がついてないのが可哀想なわたしの膝小僧です。
ここまで長文にお付き合い頂いてありがとうございました。
まだまだ余裕綽々なこの口数の多さ。
これが一転……。
あんな苛酷な黄泉路が待っていたとは。
苛酷……。
沈黙……。
次回予告!
(エヴァ風に)
待ち受けていた森に、生命の生と死の境界を見る。 自然とはかくも厳しくそして温かいものなのか。 孤独な旅路、すれ違う人々、見送り、そして迎えてくれた人々。
次回、「道ヲゆくモノ」
この次も、 サービス、サービスゥ!
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