2011年08月31日(水) |
「象を抱いて猫と泳ぐ」 |
小川洋子著「象を抱いて猫と泳ぐ」
デパートの屋上から、大きくなり過ぎて降りられなくなった象。
建物のわずかな隙間に挟まって、助けも呼べず身動きも出来ずミイラとなった少女。
リトル・アリョーヒンとして、チェス人形の中に潜んでチェスをうつ。
僕は何よりも、成長して体が大きくなってしまうことを恐れた。
リトル・アリョーヒンの中に潜れなくなること。
無限のチェスの海を、象のインディラと猫のポーンと、ミイラと白鳩と、果てしなく自由に航海することが出来なくなること。
「最強」の手ではなく。 「最善」の手をえらぶ。
初めて僕にチェスを教えてくれたマスターは、たとえ何時間でも待って、僕の中のなるべくそうである次の手を、催促もせず、根気よく導いてくれた。
棋譜は、二度と再現出来ない素晴らしいメロディを表す。
それは、対局相手との素晴らしい対話によって生まれる。
一方がただ勝つためだけにうつ手では、それは奏でられない。
残りページが少なくなるにつれて、読み終えてしまうのがとても怖くなってしまった。
小川洋子作品は「閉ざされた世界」を描いているものがほとんどである。
それは物語の舞台が、地形的に隔離された街であったり、因習として他の社会と相容れない街だったりする。
それだけではない。
登場人物たちが、どこか「囚われて」しまっている精神的なもの(もちろん性格も含む)を描く世界だったりする。
それぞれがひっそりと、しかも確固として内包している「閉ざされた世界」、それはある種、公然の決して明かされない「秘密」のように、見るものを惹き付ける。
人形のチェス盤の下に潜り込み、盤を見上げながらしかチェスがうてないリトル・アリョーヒン。
空想の友人だったミイラと同じ名前で呼ぶことを受け入れてくれ、棋譜係として寄り添い支えてくれる少女ミイラ。
決して表の世界には出ないリトル・アリョーヒンに、リトル・アリョーヒンという居場所を与えてくれた、ルークが似合った老婆婦人。
八マス×八マスの宇宙。
手紙に次の一手だけを記し、チェスをうちあうミイラとリトル・アリョーヒン。
長い月日をかけて、それでも否応なしにやってこざるを得ない、チェック・メイト。
対局が終わったら、そのとき初めて、言葉で手紙を書こう。
もう、何といえばよいのかわからないが、ただただハマってしまった。
夢中になる、という意味とはまた違う。
まばたきをひとつゆっくりとすれば、そこはリトル・アリョーヒンの世界になる。
小川洋子作品は、やはり最強の、いや「最善」の一冊である。
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