「隙 間」

2011年09月24日(土) 大森一夜と「街の灯」

台風一過――。

日中はまさに真夏日だった。
しかしそれが、すっかりグズグズな空模様になっていた大森の夜。

「昨日は、ちゃんと帰れましたか?」

秋子さんが歩きながら振り返る。
その愛らしい笑顔は、わたしをとことんだらしなくさせる武器である。

「皆さんこそ、無事に帰られたんですか?」

質問返しでささやかな抵抗を試みる。
どうやら、ヘタに早く帰そうとするよりも過ぎるまでここにいた方がよいだろう、と判断したイ氏が、

「ラーメンでも食べにいって、時間を潰そうか」

と皆を誘ったらしい。

懸命な判断である。

しかし、そこにイ氏には想定外の誤算が、あった。

「みんな、「えぇ〜っ」て、反応で……」

秋子さんにもし、わたしがそんな反応をされたら、半月は立ち直れないだろう。
だから、わたしは誘うなどという命知らずなことはけっしてしないのである。

「うわっ……」

思わずわたしは、そんな声を出してしまっていた。

「だけどだけど。
婦長さんが「餃子だけでもいいから」ってすぐフォローしてくれて、行ったんです」

ツッコミどころが満載である。

「餃子」と「ラーメン」のどちらがメインかで、変わるものなのだろうか?
「餃子だけ」も、「ラーメン」も、食べる時間はいったいどれだけ変わるものなのか?
そもそも、イ氏と一緒に「食べに行く」こと自体が、彼女らは避けたいと思われ……。

いや、イ氏の名誉のために、その先は言うまい。
しかし、これだけは言っておきたい。

嫌がられるのもまた、上に立つ者の宿命なのである。
イ氏は、立派なイ氏である。

もちろん、秋子さんと話した「えぇ〜っ」のくだりはイ氏がいないところでの話である。

いつもより早く訪れてしまい、後がつっかえてしまうので長話ができなかったのが残念である。

しかし、つかの間とはいえ癒していただけたのはたしかである。

さて、日は変わり。

「街の灯」

をギンレイにて。

「チャプリン、ぶっ潰す」などととんちきなことを口にしていたが、重ね重ねそんな大それた妄言を吐いたことを、ここに陳謝したい。

偉大なる先人――。

目の見えぬ花売りの娘に一目惚れしたチャーリーは、仕事もない宿もない一文無しの浮浪者。

ある晩、酒に酔って河に飛び込み自殺をしようとしたところを救い、以来、酔った時だけチャーリーを友人と呼んでもてなしてくれる金持ちの男と知り合う。

しかし酔いが覚めるとたちまちチャーリーのことなど覚えていない。
また酒が入ると、チャーリーを恩人だ友だと酒をおごり朝まで飲み明かす。
そんな日が続きながらも、チャーリーは娘のために働き、稼いだ日銭で何かと世話をしてゆく。

しかし実は、「あの素敵な方」と、娘はチャーリーのことを金持ちの紳士だと思い込んでいた。

そんな折、新聞に盲目の手術が成功したというニュースが載り、金持ち男からもらった金で彼女の目の手術代を工面するのである。

しかし酔いから覚めた男は「覚えがない」と、チャーリーは警察に捕まってしまう。

そして月日は経ち、釈放されたチャーリーは街で自らの花屋を開いていた娘と再会する。

娘は無事に目が見えるようになっていた。

みすぼらしい浮浪者のチャーリーが、よもや「素敵な方」だとは気付かない。
もじもじと自分を見つめるチャーリーに、慈善のつもりで切り花を手渡す。

手が触れた瞬間、娘はようやくチャーリーが「素敵な方」だったのだと気が付くのだった。



チャプリンと聞いて思い浮かべるのは、コミカルで小気味良いやり取り、例えば屋台のパン屋の主人とのただ食い等のやり取りである。

これは日本のドリフターズの滑稽であからさまで、「後ろ、後ろ!」と観客がツッコミたくなるそれと同じである。

「モダン・タイムズ」や「黄金狂時代」などの方がタイトルに聞き覚えがあるかもしれない。

チャプリンの捨てられた仔犬のような、だけど純粋な笑顔。

チャプリンの作品を「大人買い」しようか、真剣に悩んでしまうところである。


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