金原ひとみ著「星へ落ちる」
表題作を含む五つの連作短編集。
先日の朝倉かすみ「ほかに誰がいる」に対して嗚呼だ洪だとのたまったが、それはさて置いておこう。
金原ひとみは、あくまでもわたし個人の感想だが、読み終わるとまるで「投げっぱなしジャーマン・スープレックス」を喰らわされ、すのこ天井に吊るされたカンカンに熱く照りつける照明のかたちをただぼんやりと逆さまに見上げさせられ、じっとりと汗ばむ身体とは別に、キンと覚めた脳みそで、茹だるような熱気の歓声、罵声、地鳴り、耳鳴りなどが渦巻いているのをどこか解離した感覚で遠くに聞いているような錯覚にとらわれてしまうのである。
しかし今回は、予想外に「おしとやか」であった。
彼氏と同棲している男と付き合っている女。 その女に出ていかれ、ひたすら電話とメールで「帰ってきてくれ。ずっと待っているから」と訴え続ける男。
これら五つの人物らのそれぞれを、書き取る。
見るからに熱そうな真っ赤な炎が熱いのは当たり前である。 一見そうは見えない青く透けた炎に手を伸ばし、肉を灼いてしまう。
お行儀はよいが、垣間見せるその炎の様は健在である。
どうしても、どこか振り切れた世界を渇望するときがある。
まさに「渇望」。
金原ひとみ作品はなかなか文庫にならず、とんとご無沙汰だったのである。
それはそれは、見事な放置刑罰っぷりであった。
書店でついに本作を見つけたときに、「出た出た」と小躍りしてしまったほどのそれまでのお預け具合だったのである。
各編がそれぞれ違う冊子に掲載したものだったために、おそらくこのような「おしとやか」な感じになったのだろう。
出ていった女を八ヶ月も待ち続け、相手にされなくても電話やメールを送り続ける元カレは、時には自殺を仄めかし、過去を懺悔し、ただひたすら「お前がいないと、俺はどうにかなっちゃう」と、伝え続ける。
どうしようもなく気持ち悪い男のはずだったのだが、先に進むにつれて、なんだか身近にいそうな印象に変わってくる。 ただ純粋に女のことを愛しているが、不器用なだけのまともな男なのではないかと。
金原ひとみ作品の登場人物は、無垢で激しい「こちら(内面)」と、社会的で物静かな「あちら(外面)」という世界のギャップを含んだ者たちばかりが現れる。 そして主役のみが「こちら」に身も心も委ねて「無垢」という鈍器を存分に振り回す。 対してほかの人物たちは、「あちら」側から「怜悧」な刃物で切りつける。
各々が主役となると、各々の「裏の裏」と表現されていたものが、「表」というそのままの表現に直ってしまう。
だから、「表」と「裏」が限りなく同じである「元カレ」という男に、妙な落ち着きと親近感を覚えさせられてしまうのである。
そして。
ひとつだけに突き抜けきれない物足りなさを、感じてしまったのである。
やがてまた、金原ひとみ作品を求めて疼きだすときが、きっとすぐ、訪れてしまうかもしれない。
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