「隙 間」

2011年10月07日(金) 「ちょいな人々」と「ちょい」なわたし

萩原浩著「ちょいな人々」

萩原浩は、本当に「ちょい」な世界を描くのが抜群に上手い。
「ちょい」とは、ちょいと残念な、滑稽な人々のことである。

おっさん社員が、若い女子社員に「ジャン・レノ」に似てるなどと言われて、さらにワンマン社長のクールビズかぶれに振り回される。

脱サラしてはじめた辻占いが、スピリチュアルなんてわからないのに、たまたまカウンセリングしたのが「大当たりした」と評判になってしまう。

いじめ相談室の担当女性が、電話相談を超えて個人的に解決してゆくうちに「いじめバスターズ」として噂になってしまい、職場内で逆に「いじめ」にあってしまう。

大の阪神ファンの彼氏が結婚の申し込みにいったら、彼女の父親は大の巨人ファンで、つけたテレビは巨人阪神戦のナイター中継だった。

などなどクスリと笑わされる舞台で、しかも現実にありうるんじゃないか、という中での物語の運び方が絶妙の案配でなされているのである。

ホロリとさせるのが上手いひとは、クスリとさせるのもまた、上手い。

さて。
大森である。

月曜から本社勤務になって、ずっと終電まで残業の毎日であった。

「すまん。今夜は行かねばならないところがある」

大分県のビックリまなこが疑いの目に変わらぬうちに、振りきるようにして会社を出る。

「まじで帰るんですか?」

大分県の叫びが、うなじのあたりでツルンと滑り落ちるのを感じたような気がする。

うむ。気のせいだ。

逃げ込むように大森へ向かったのである。

「わたし、実は年内いっぱいで辞めちゃうんです」

信じがたいことを聞かされると、人間はかくも現実逃避するものなのか。

「あれれれ?」

と首を傾げたまままばたきもせず、焦点も合わないままじっと彼女の顔を見ているわたしに、さらに続ける。

「ダンスに専念しようと思って」

わたしはさらにキョトン。

田丸さんがダンスをやっているのは知っていたが、それはつまり、「習っている」だけなのだと思っていたのである。

いいや違った。

「教えて」いる方の方でもあったのである。

「大会も近くて」

昨年も大会に参加した話は聞いている。しかし今回の大会は、何やらクラス昇格のかかった重要な大会らしい。
ダンスを生業としてやってゆくのに、資格としてのそれは必要なのだろう。

会えなくなるのはさびしいなぁ、と漏らしたわたしに、彼女は答えたのである。

「竹さんが来る日になると、ざわざわ落ち着かないんですよ?」

お?

「あ、みんなが。事務のみんなも」

大ヒット上映中の「モテ期」到来か?
しかも後付けで「みんな」とは、なかなかもしかすると、いや、せめて、「みんな」のなかにひとりぐらいいてくれたりするのでは。

「イ氏が「竹さんから連絡はまだかな? そろそろ来そうなハズなんだけど」って聞きに来たり、毎回ソワソワしてるんですよ」

ああ。
それでは、みなさん落ち着かないのは当然だろう。

だいたい二週間毎の木曜と決まっているのだから、毎回帰りに予約してゆけばよいのだろう。
しかし、なかなかその保証はもてないのである。

それより、田丸さんがザワとも感じてくれていたりしてないのかと、気になってしまう。

「スタジオで待ってますから、会社帰りでも、いつでも来てくださいね?」

おお?

「夜十時までやってるし、靴もあるので、手ぶらで大丈夫ですから!」

「無料体験! 見学歓迎!
場所はコチラ!」

田丸さんが講師をしているダンススタジオの案内を、くれたのである。
場所は通勤経路からすぐ寄れる駅にあった。しかも、会社よりわが家の方に近い。

わたしは、、映画「shall we dance?」の役所広司さんの姿が頭に浮かんだのである。

駅のホームから見えるスタジオの窓辺にたたずむ草刈民代。
それをホームから、ぽおっと見上げている役所広司。
気付けば入学していて、大会に出たりして、そしてラストダンスに、

「shall we dance?」

「SAVE THE LAST DANCE FOR ME」が流れはじめる。

これではわたしも、すっかり「ちょいな人々」のひとりである。

「営業もしなくちゃなんないし、彼女も必死だよ」

イ氏はさらに続けた。

「彼女はシンデレラだからさぁ」

よもや、ここの皆さんにいびられ、コキつかわれ、涙に頬を濡らす日々が続いていたのか、とよからぬことを想像してしまった。

そんなハズは、ない。

「八時半になったら、ピュ〜っと急いで帰っちゃうからねぇ」

なるほど、やはりそういう意味か、と安堵する。

「30日に大会らしいんだけど、僕は応援に行けないなぁ」

イ氏が、ポツリとこぼす。
会場は、後楽園ホールらしい。

「よかったら、応援に来てください!」

はい。
行きます。

とは、安易に答えられないのである。
どうかせめてその日だけでも、仕事を休めるような采配を。

「それと、竹さんの書いた小説を読みたいです」

あわわわ……。

「読んでみたい」から「読みたい」に変わってしまっている。
待たせれば待たせるだけ期待のハードルが上がってゆくのは必然の理である。

「ええっ。四時間くらいしか寝てないって?」

まだ月曜に本社に戻ってからの三日間しか経っていないが、この先も来週末まではほぼ確実に深夜一時帰宅の日々が続く。

「ああっ。その先は言わんでもわかってますので」

イ氏の言わんとすることは重々わかっている。

そんななかなので、携帯を開いていても頭は何かを思い浮かべることを拒否してしまっているのである。

今しばらく、待っていて欲しいものなのである。

「ちょい」なわたしの「ちょい」な日常に戻るまで。


 < 過去  INDEX  未来 >


竹 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加