「隙 間」

2011年10月18日(火) あゝ野麦峠

驕りなど露とも染み入る隙などない。

寧ろ、スカスカの空洞だらけの軽石、否、ヘチマのように軽く、頼りなさげなことをわきまえているほどである。

慣れ不慣れで一日の長があるくらいで、それしかない。

それしかないところを買って、先日まで出向でお世話になっていたボスの利休さんが、わたしに新たに仕事を頼んできてくれたのである。

それはかなり短期間で、勢いとはったりで、ちょちょいと見た目を整えて小綺麗にしてやればなんとかなるだろうと、わたしは胸算用して引き受けたのであった。

電話で概要を聞き、後でデータを頂き、そして締切が一週間後。

利休さんがその後すぐに外出されたらしく直接確認は出来なかったが、一週間と期限を切り、そしてそこの出来上がりのイメージは、わたしのそれと同じものを描いていたと、何の疑いもなく、信じきっていたのである。

「一週間なんかで、そんな内容が出来るわけ、ない!」

かくかくしかじかの依頼を受けました、と火田さん大分県に報告し、人手を一人だけ借りられるなら誰がいるか相談しようとした矢先である。

火田さんに一喝され、大分県も「あ〜あ」という顔をしていた。

わたしはすっかり、不思議顔である。

なぜ?
なぜ出来ない?

「部品とか品番とか、全部あるの?」

部品がなければそれらしく取り繕って、こんな感じです、でよいはずである。

「設備の配管やら、そんなのうちじゃソフトがないからいれられないよ?」

正確なそれらが必要なら、わたしではなく設備部の方にそれらは依頼されるはずであり、敢えてわたしにきたということは、なんとなく、で入っていればよい、ということのはずである。

「電話とかじゃなく、もう一度直に会って内容を軽くさせてもらってきなさい。大分県と一緒に行って」

至極まっとうなことを言われているのだろう。

しかし、明らかに、わたしの感覚とずれている。

利休さんは一週間で出来る内容をわからない相手ではない。
そのさじ加減を踏まえた上で、余計なデータをわたしにも送ってよこしてはいなかった。

これだけはちょっと必要です、とさじ加減を計ってみるつもりの追加資料の要求もわたしは出してみてあった。

「何図と何図と何図と、全部もらわないと作業始められません、といってきなさい。そうしましょう」

「藪を突っついて蛇を出す」ということわざがある。

逆に、突っつくほどに蛇を藪から出すことにもなる。

これだけの情報で、しかも一週間で、といってあげてるのに、それじゃあ一週間じゃ終わらない内容をやります、と自ら言ってくるようなもの。

とも考えられる。

ちょっと待て。

そんな内容を、わたしに細かい説明もなしに利休さんが振ってくるはずなどない。
よきにはからえ、の加減がわかっているだろう、と信頼してくれているはず。

結局その日は利休さんを捕まえることができず、翌日連絡が取れ次第、伺って確認することになったのである。

そして。

「あれ、何でここにいるんですか?」

約束を取り付けた時間に合わせて社を出ようと、トイレから戻ったわたしの目線の先に、利休さんがやってきていたのである。

「来ちゃったから、こっちで打ち合わせしようよ」

うん、だからそんな感じでいいよ。そう、後でその資料は送るよ。
じゃあ、よろしくお願いします。

わたしが感じていた通りのイメージで、間違っていなかったのである。

「僕だってBIM推進開発のメンバーなんだから、一週間で出来る出来ないの内容くらいわかるし、無茶は要求しないって」

阿々と、利休さんが笑ってみせる。

そうですよねぇ。それはわたしも重々承知だと。それを敢えて、こうして確認させていただくのは逆に失礼かと。

残念なことに、火田さんも大分県も、さらには社長までも体調不良で休んでしまっていたのである。

聞かせたかった。

利休さんが前触れなしに、約束と違ってわざわざこちらに赴いたのは、それをしっかと聞かせるためだったのかもしれない。

こちらに来れば、火田さんだけでなく社長もいる。

「他の部からの仕事はどうだか知らないが、BIM云々に関して、私はあなた方より理解しているのだから、出来ないことをやらせるつもりはない。
出来高のイメージも、わざわざ会って打合せなくとも伝わって、共有してくれてるものと。
細かいことにとらわれて煩わしい手間と時間を割くのは勿体ない」

言外にそう言うつもりで来られたようにも思える。

それこそ、わたしの驕りだろうか。

ともあれ、利休さんからのお仕事はさほど重たいものではなく済ます道を改めて敷き直すことができたし。

先週末の不安もさらりと無くなったにもかかわらず。

相変わらず終電で深夜一時半にようやく我が家に到着の次第である。

晩飯を食って三時間はどうやら眠れるだろう。

……。

やむを得ないとはいえ、これが普通のこの状況は、やはり普通からみれば普通ではないのである。

ああ。
野麦峠。
である。


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