「彼女は、今日からもうお休みだよ。すっかり戦闘モードだね」
大森のイ氏の開口一番。
そういえば先々週、「会うの来月になりますけど」と言っていたのを思い出した。
今月末の競技ダンス東日本選手権だったかに向けて、田丸さんは猛レッスンの期間に突入したらしい。 後で聞いたが、九月の大会では準優勝したらしい。
趣味やサークルのではなく、プロの大会らしいのだから、これはもう、ひたすら「スゴい」方になろうとしているのだということである。
「それよりこの二週間の間に、ずいぶんコケたねぇ」 「コケましたか」 「コケたよ」
晩御飯ちゃんと食べてるの? 部屋に帰ってきてから、ちゃんと食べてます。 ふうん、夜中十二時前後に食べて、その前は? 昼休みにちゃんと。
「そんなんじゃ、本読んでる時間なんてないでしょう。苦痛だろうに」
昼休みにちょっと読めるくらいの時間でなんとか。 あらあら。
「朝食は、」
食べれてないよね。 その分、寝てます。
昼夜十二時に二食、と。
そんなことを、イ氏はわたしのファイルに書き付けている。 他にも、
職場変わり残業深夜。人生の岐路。
だとか、
熊野旅行、一週間。
だとか。 これまでのイ氏と交わした会話の有象無象のなかのひと言らも、書き連ねられている。
「どうしたもんかねぇ」
「そんな仕事は早く辞めろ」という医師としての意見は、飲み込んで言わないようにこらえてくれるようになっている。
「まあ、なるように自分でしてゆくしかないですからねえ」 「だけどさ、」
きみが会社の社長でもない限り、それはむりだよ。 むりですねえ。てか、社長なんてわたしにはむりですから。
「ま。出来ることは協力しますから」
イ氏は、さらりと立ち上がる。 特別に登録してあるところでないと出せないのが、イ氏のところは登録をしてある。
生活の最悪の改善が出来ない場合は、ちゃんと出してもらえるということである。 以前、安直にそれありきで、おそらくこんな生活になるだろうことを受け入れるだけのような考え方をしたのを、ピシャリと叱りつけられた。
わかってるけど、わかってるね?
出来ることは限られている。 限られていることの範囲でなんとかできる範囲の一日の過ごし方をしなさい。
折れた足の骨がくっついて、リハビリで歩けるようにするのとは残念だけど違う。 失った足の代わりに義足をつけて、そして歩けるようにしているようなものなんだからね。
3T/日が通常の毎日になっていることが、イ氏は気になってもいるのだろう。
「ひと月に何万も薬代払って無理して働かなきゃならないなんて」 「何万というまではいってません。せいぜい一枚か二枚」 「同じようなもんだよ。これでまた量が増えたまんまなら、倍だから」
財布にくるダメージも、捨て置けない。
せめて六時間睡眠。 土日は休薬。
が出来る生活を、というのが望むべき妥当な線だが、まあ無理だろう。
無理なりにその線を押し上げてゆかなければならない。 ああ、面倒臭い。
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