「隙 間」

2011年10月27日(木) ヤだカラス

今さらな話だが、携帯電話のストラップの先を、無くしてしまったのである。

夏の旅先、熊野土産のちんまいヤタガラス人形「ヤタ坊」が先にぶら下がっていた。
それが気づくと、頭にねじ込まれていたネジ釘だけが、先っちょでぷらぷら残されているだけの姿になっていたのである。

ヤタガラスといえば「先導・案内役」である。

わたしを残して、どこかへ行ってしまったということである。

もしくは、ここまでで御役御免、と先導を済ませたということなのだろうか。

おいおい。
そんなはずはない。

途中ではぐれてしまったことに気付かず飛んでいってしまったにちがいない。

わたしにとってもっとも避けるべき生活を強いられるような、真っ暗な樹海の奥深くにぽつねんと置き去りにされたような、そんなのは、イヤに決まっている。

だいいち。

姫らしき姿など、まったくどこにも、ない。
こんなとこで探せといわれてもそうは見つからず、「竹取の翁」どころか、歳を取り過ぎて「竹取の寝たきり」になって、探すどころか打ち捨てられてしまうようになるにちがいない。

「竹さんはねぇ、顔は整ってる感じだし、モテると思うのよ」

チーム結成会の飲み会で、火田さんに、皆の前でいわれたのである。

うんまあ、という風に女性陣(全員既婚者)も概ね同意の様子である。

うむ、それならイケるだろうか、と。

「わたしも、妻夫木聡のセンでいこうと思ってるんですが」

隣の大分県が、卓の真ん中でパサつく寸前の刺身に箸を伸ばし、わさびに鼻をツンとさせる。

「だけど、どこかが残念な感じなのよねぇ」

あー、うんうん、とまた一堂。

「どこが残念なんだろう?」

うーん、とまた一堂。
中にはもちろん、そんなことは興味がなくお愛想でうなってみせてる方もいるにちがいない。

「それを改善すれば、きっとよくなるんだろうけどなぁ」
「改善じゃなく、それを活かす方向は、ないですか?」

改善じゃなく活かす方向かぁ、とわたしとしては目からウロコな意見に、さほど皆さんは響かなかったようである。

これがわたしの残念なところの核心なのかもしれない、と氷が半分くらい溶け出していた烏龍茶で、チビリと舌を湿らす。

「話が、長いよね」

えいいってしまえ、といった勢いで、火田さんが頬を赤らめていい放った。頬を赤らめていたのは単なるアルコールのせいだが。

うんうん、と一堂はきっかけを得たように揃って頷いた。
隣の大分県は、ニヤニヤと、ほれまたいわれてる、と愉快になっていた。

大分県ら同期の皆からと、お多福さんからと、そしてここで、三度目である。

「竹さんの似合いそうな仕事が、わかった」

そんなことをいわれるのは、初めてである。
膝を揃えて、神妙に耳を傾けてみよう。

「家電屋さんの店員」

もっとも向かないと思うところを指された。
しかし、皆はいたく納得している雰囲気である。

「専門的なことからひとつひとつ丁寧に説明して、ね」

うんうん。

「コンシェルジュが、あるじゃん」

嬉々として大分県が賛同する。

「懇切丁寧に説明し過ぎて、目的をわからなくさせて、どれを買ったらいいのかわからなくさせたところで」

わたしの続きに一堂が耳を向けて待つ。

「こちらがお勧めです、と一番高いのを勧める」

なるほど、それもありだね、買っちゃうかもね、と一堂は顔をあげて笑う。

わたしはいったいどこを目指しているものに見えているのか。

ふん、まあ、いい。

妄想甚だしいやつ、とまでは一部に認知されてはいるが、よもや小説なんぞをちまちま書いている、などとは、露とも思うまい。

卓をオレンジ色に照らす電灯を所在なく見上げながら、思う。

小説を書く時間のなかに、仕事をしている時間がある。

そんな感覚どころか、

仕事をしている時間のなかに、食べて寝る時間があるだけ。

という感覚しかなくなってしまっている。

やっぱり、マズイ。

一文でも二文でも、せめてそれが日記くらいのものだけだとしても、必ず書くこと。

それを何年も心掛けてきているのだが、それが三日から四日もかけて一日のことを書き繋いでいるだけで手一杯のような今の状況は、不本意極まりない。

この生活だけは、できるだけ早く改善しなくては。


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