上野の西洋美術館で開催されている「ゴヤ展」にいったのである。
「ミスター。近所なのに行ったりしないの?」
東丸さんにパチクリされたのである。
順を追って説明しよう。
東丸さんとは、仕事を手伝っていただいている女性の方で、関西人である。
当然のごとく「阪神ファン」であり、わたしが「巨人ファン」であることを知ってから、わたしを「ミスター」と呼ぶようになっていた。
当初は、敬称を親しみを込めて「ミスター」と読んでいるのかと思っていたのである。
「ミスター。ちょっと」
東丸さんがわたし呼ぶとき、それに気付いた周囲は、「ミスター」が誰のことなのか一瞬空を見、探してみる。
「なんでしょうか」とわたしが返事すると、「ミスター」とはかけ離れたわたしのことだとわかり、ポカンとしたものだった。
「巨人ファンなんやろ。なら、最大の敬意を払って「ミスター・ジャイアンツ」の「ミスター」でいいでしょ」 「なら、東丸さんのことはこれから「とラッキー」さんと呼びましょうか?」
「しばいたろか、こんニャロ」
といったなんとも歯切れよいやり取りがあった後、東丸さんがわたしを呼ぶときに限って定着したのである。
「ゴヤ展は行ってみたいと思っていてですね」 「じゃあ、なんでいかんの?」 「安いチケットが見つかれば行くかもしれません」 「ケチやなぁ」
どうせわたしはケチである。
ゴヤといえば「黒のシリーズ」だか、真っ黒の背景に巨人がおぞましく描かれてるやつがある。
とはいえ、わたしはべつにゴヤに詳しいわけではない。 今回の作品展の広告に使われている「マハ」と「我が子を食らうサトゥルヌス」くらいしか知らないのである。
今回、サトゥルヌスが見られるだろうか。
そんな話をしていた矢先、上野のチケットショップで千円の入場券を見つけたのである。
えい、行こう。
土曜は終日起きられず、結局部屋に引きこもったままになってしまっていた。 日曜は、と奮起したが出てこれたのは昼三時過ぎ。
閉館までは、もはや二時間ほどの猶予しかない。 いや二時間も、ある。
こういう勢いでもなければ、美術館などそうそう行かない。
いざ、上野の森へ。
そして十分後に到着。
それから一時間経たずに回り終えてしまった。
サトゥルヌスはやはりなかったのである。
マハたちも一応ちゃんと観たが、目玉の「着衣のマハ」は、さして感慨もなくさっさと通り過ぎてすましたのである。 「勿体ない。ほかの何を観に行ったんだか」と思われるかもしれない。
しかし、ただ女が寝ている絵を観て、何の感性を働かせろというのか。
その他の風刺を描いたスケッチらの方が、わたしはじっくり観て回ったのである。
この勿体なさ加減。
「どや(ゴヤ)!」
これが言いたかった。
次の土日は、きちんと休日を味わえることを祈ろう。
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