「ボクの腕がまさった、ということかな?」
はっはっはっ。
大森の夜に、イ氏の高笑いがこだまする。
いや、薬出してもらってるだけじゃあないですか。 とはこの際いわずにおく。
三週間ぶりの大森である。
「十二月あたりからずっと、お仕事が厳しいのが続いてるんですね?」
先月から田丸さんの後を務めることになったらしい真琴さんが、過去をペラリとめくって確かめる。
田丸さんがぱっちりお目めの西洋的凛々しさ美人であるならば、真琴さんはスッと眉と目が涼しい和風美人である。
おそらく田丸さんよりも若い。
つまりわたしとは確実に、一回りは年齢差があるだろう。
イ氏め、若さと美しさで選んだに違いない。 羨ましいじゃあないか。
いや。
もとい。
大分県がダウンしてしまって仕事が厳しくなった、というある意味でわたしの近い将来の予告のような話をしたのである。
「だって、あなたは倒れずにいられてるじゃない」
あのう、いっそ倒れてしまいたいのですが、とはここでは間違ってもいわない。 いったら、また叱責が飛んでくることは間違いないのである。
「じゃ、せっかくなんだから早く帰って早く寝るようにしてくださいな」
ホクホクの自己満足顔である。
十時前、九時台に家に帰れそうなんて、何週間ぶりか。
前回の大森以来だから三週間ぶりである。
土日はほぼ起き上がることあたわなかったので除くとしてである。
昨日のことを一週間前のことのように勘違いし、一週間経ったことに気付かずまだ今週は昨日始まったばかりだと油断している。
「来週の日曜日は、予定あるの?」
苛酷なロードが始まっている可能性が大かもしれない。
「うちを休みにしちゃったんだけどね、いいのかな、て思いつつ」
イ氏は何をたくらんでいるのだろう。
「みんなで一緒に」
「あっ!!」
そこでわたしは声をあげ、天を仰いだ。
思い出した。 田丸さんの大会があるといっていたではないか。
いく。 いきます。 いきたいです。
といいたいが、軽はずみで守れるかわからない約束はできない。 休日出勤せずにすんだとしても、人前に出かけられるほどの余力余裕があるか怪しいのである。
これが名友やら気のおけない間柄なら、約束は無責任に大歓迎である。
「写真撮ってきてあげるよ」
楽しみにしててくださいな、とイ氏がわたしを慰める。
「じゃ、お帰んなさいな」
持ち上げて落として、押されて引かれるようにして、わたしは大森を後にしたのである。
痺れて震えるほどの冷たい外気に対し、気分は高揚している。
寒いのに、体温が高い。
眠い。
寒い。
やはり、眠い。
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