2012年05月05日(土) |
城に奪われしモノ、還らぬモノ |
「よく帰ってきんさった!」
何樫門とかいう最初の入口をくぐった先で、いきなりの大声で迎えられたのである。
「ありがとさんじゃ!」
ハチマキに甲冑、手には槍を掲げ、よっく焼けて真っ黒な肌に白い歯がニカッと。
要所要所の広場で、彼らはわたしを出迎えてくれたのである。
うむ、帰ってきたぜよ。 おまんらこそ、よう出迎えてくれたがあ、わしはまっこと嬉しいぜよ。
熱く強く激しく肩を抱き合い、がっはっはっ、と彼らと出会う度、わたしは応える。
本当に抱き合って笑い合ってみてもよかったのだが、きゃっきゃと彼らにまとわりつこうとする小僧たちに、それは申し訳ない。
しかし、彼らを見かける度、
ここは東京ドームかラクーアか?
という親しみ深さが湧いてくるのである。
「こっちにも一枚!」 「応っ!」
カシャリ。
なかなか頼もしい武士(もののふ)らである。
武士らに片っぱしにカメラに向かって見栄を切ってもらってるどころではない。
天守閣がわたしを待っているのである。 急ぐ足に、熊本城を設計した加藤清正の防衛の知恵ももろともしない。
城は、素晴らしい。
ひとりでずんずんと、天守閣にたどり着くのが、早い。
隣の小天守閣にも上って、ぐるぐる巡って、眺めて、覗いて、またぞろ武士らがいる城前広場に出てきたときは、ほくほく顔である。
次は案内図にある散策ルートをぐるりと回りはじめる。
石垣だ櫓だ城門だとルートを巡っているうちに、はたと気がついたのである。
昼の二時を回ろうとしているではないか。
ランチは? 馬刺定食は? 溶岩焼御膳は?
慌て焦るわたしに、清正の手が伸び絡みつく。
市街への城門はどちらだ。 くそう、なぜ迂回している。 近道はないのか! 近習のものよ、出合え出合えい! 早くわたしをあないせい!
もちろん自力で、熊本市役所のあたりにようようたどり着くのに、三十分かかってしまったのである。
軒並みランチタイムを終え、準備中の札が掲げられている。 夕方には熊本市街を出て、長崎に向かう予定である。
熊本名物を食わねば気が済まない。
背に腹はかえられない。 苦渋の選択である。
ラーメン屋に、ゆけ。
これはわたしのつまらない拘りである。
ラーメンは、「食事の一食」として、食わない。
ラーメン一杯に千円も出してたまるか。
ラーメンとは、ワンコイン程度で旨くあるべきもの。
時代遅れ、的外れなのは重々承知である。 しかし、敬愛する内田百ケン先生の拘りがごとく、どうしても譲れない。
「これは、お八つである」 「餃子を付けて、これでラーメンは主役ではなくなった」
などと言い訳をつける。
くぐった暖簾には「こむらさき」と書いてあった。 後で知ったが、どうやら「熊本ラーメン」の老舗で、くせのない王道ラーメンの店だったらしい。
そんなこととは露知らず、ふらりと入ったつもりの店である。
そこで目を奪われたのは、品書きの「王様ラーメン」である。
なんとも妖しい名前である。
王様とやらにまともなのがあった試しがない。 王様でまともなのは、デカ盛りを表すときぐらいである。
しかし、わたしはついさっきまで「熊本城」の城主の気分を味わってきたばかりである。
「なんと、しっくりくる名前だろう」と、迷うことなく「王様ラーメン」を注文したのであった。
一口サイズの餃子がまずは平らげられ、ぞぞぞ、とラーメンをすすり上げる。
久しぶりのラーメンである。
四九三のライブの帰りに、衝動的にセンター街の天下一品で「こってり」を食って以来である。
「思わずだらしなくなる」ほどの旨さではなかったが、なるほど、王道のラーメンである。
味噌ラーメンの次に、豚骨ラーメンは好きである。
そうして、やはり有名店だったからか、次々と後のお客が「王様ラーメン」を注文していたのである。
やがて店内がせせこましくなりつつあったので、わたしも勘定を済ませて出ることにしたのである。
腹八分といったところだろうか。
わたしにすれば、珍しいことである。 しかし、後でちょいちょいつまめるぐらいの腹具合が、ちょうどよい。
今夜は、長崎に向かう途中のサービスエリアで一泊する予定である。
車中泊の二泊目である。
車中泊の情報に、「出来るなら連泊はやめましょう」とあったのである。
「車中で連泊して、運転や旅の疲れを解消しきれずに引きずってしまうのはよくありません。 安全と快適な旅のために、あくまでも宿に泊まることをメインとして、車中泊は適度にしましょう」
ごもっともである。 ましてや、わたしはまだまだシロウトである。
嵐の通潤橋での一泊は、そんなわたしに対する、まさに洗礼だったのかもしれない。 しかしそれでも、ぐっすり眠れたのである。
今夜は高速道路のサービスエリアである。
二十四時間、店も人も車も出入りしているので、なんの不安要素もないはずである。
しかもちゃんと、連泊もしてない。
どんなつまみ食いができるか、ただただ楽しみでいっぱいである。
握るハンドルも、浮かれて落ち着かないくらいであった。
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