鶴は千年、生活下手

2003年01月15日(水) 脳の不思議

姉は、最初のくも膜下出血の手術をするまでは、怖い奥さんだ
ったと思う。あんな言われ方をして、よく我慢できるなぁと、
義兄に対して感心したものだった。
あんなに強い口調で夫や子供をしかりつけていた姉だったが、
わたしから見ると、姉は上京してからの生活で強気にならざる
を得なかったということなのだと、思うのだ。
手術後、みんなにぼーっとしちゃったよね、と言われる姉だが、
わたしにとっては子供の頃の温容な姉に戻ったような気がして
うれしかったりしたのだった。

幾度も手術を繰り返している内に、術後の変化もその時々で差
があるということもわかってきたが、性格的な変化と言うのは
脳外科手術の場合、顕著に出るものなのだ。
1回目は、術後からすぐぼーっとなった。
2回目は、術後はおしゃべりになって、お医者さんにも冗談を
言い返すようなうるさいおばさんになっていたが、その後はや
はり温容な性格に戻っている。

脳の中で出血した場合、血液に触れた部分と言うのは、出血を
止めるために血液の流れを止めてしまうらしい。
それでその部分の血流が滞ることによって、その部分の脳が死
んでしまうのだそうだ。
だから、何処が切れたかで、後遺症も違うんだとか。

だけど、脳は不思議な物だから、使えなくなってしまった部分
の機能は他の部分で補おうとするんだそうだ。
だから、言語障害や記憶障害が出たとしても、壊滅的に記憶の
部分が死んでいない限り、その記憶にたどり着くまでの回路を
改めて構築し直すということをするらしい。
でも、その新しい回路は、何回も何回も繰り返し使わなければ
確立できないものなのだ。
子供の頃から何回も使って太くしたシナプス回路を、もう一度
作り直すんだもの、かなりの努力が必要なのだろう。

話し出すまでに時間がかかる。
昔のことはよく覚えているがちょっと前のことを忘れてしまう。
こんなことは、何でもないことなのだ。
壊滅的なダメージでない限り、そんなことは時間をかけて何度
も繰り返すことで回復できる。
今では、とりあえず普通に暮らせている。

だけど、大きな手術をして全身麻酔を使ったり、くも膜下出血
の影響で軽い癲癇を起こすようになってしまったのを押さえる
薬を術後に使わないままで軽度の癲癇を起こしてしまった後な
どに、脳はせっかく作り上げた新しいシナプス回路を使うこと
を忘れてしまうらしい。

どこか一点を見詰めたままで何も話さなくなっていたかと思う
と、眠りもしないでずっと話し続けたりしていた。
わたしは付き添っていなかったが姉の家族の話では、話の内容
が昔のことから段々と最近のことになってきていたのだそうだ。
昔の話をし始めた時には、姉は訛ったいたらしい。
聞いていて、最近の話になってきたところで、ああ、そろそろ
回復してきたなと判断していたのだとか。
しかし、その時のことは姉は全く覚えていないのだそうだ。

脳の不思議を、身近に見たわたしたち。
いろんな可能性を脳は持っているんだね。

 白いまま抜けた記憶を持つことの怖さを誰に打ち明けようか
                            (市屋千鶴)


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