鶴は千年、生活下手

2014年03月05日(水) 理想と現実

今週は、支援級の担任との個別面談があった。
3学期に入って、個別学習の方も積極的に勉強しているし、穏や
かな表情でいることが多くなったとの報告。
交流授業から体育を外してもらってから、穏やかでいられるのか。
交流級の居心地も良くなって来ているらしい。
交流級の友達を家によんで遊んだこともある。

もぐちゃんのなかで、理想の自分と現実の自分とのギャップを突
きつけられるのが、体育の授業だったのだろう。
年齢があがれば、理想の自分と現実の自分との違いを認識するよ
うになり、それが自己否定につながってしまうこともあったのだ
と思う。
その気持ちが、その苛立ちが、もぐちゃんをヒステリックにして
いたのだ。

体育を支援級でやっているときは、ほんとに楽しそうにしている
し、他の子を励ます場面もあるようだ。
出来ない自分を思い知らされ、出来ないことは辛いのだというこ
とを実感したからこその進歩なのだろう。
いろいろあった4年生もあと少し。

わたしは、子どもの頃から夢見がちというような子どもではなく、
理想と現実のギャップということは、割と早くから認識していて、
というより、現実直視型だったのだと思う。
外見を含め、まったく女の子らしくないというコンプレックスが
思考の中にかなりの部分を占めていて、それならば他に何か誰に
も負けないものを持つまでだと思っていた。
それは、小中学校時代の学業であった。
体育はわたしも苦手なものが多かったが、球技だけはうまかった。
部活に入っていない球技もそこそここなせたので、球技の授業が
多い学期の体育は成績が良かった。
音楽は良かったが、図工も家庭科も苦手だった。
小学校は小さな田舎の学校だったので、思う存分学校生活を満喫
していたし、中学校も同様で、転校はしてもそこは田舎の学校で
あることにかわりはなく、ちょっと悪そうな輩がいても、あいつ
は学年で一番のやつだということで、ちょっかいを出されること
もなく、平穏な学校生活だった。

出来ないことの辛さを思い知らされたのは、高校時代になってか
らのことだ。
あれほど、授業を聴いているだけで何でも分かったのに、高校の
それはわたしの許容範囲をずいぶんと超えていた。
わからないところがわからないということを、初めて知った。
やはり、それは一つの挫折であり、少々難しい時期でもあったが、
まわりのクラスメイトの存在に救われたりして、なんとか日々を
楽しんで過ごせるようになっていた。

自分が出来ないことを思い知るのは辛い。
しかし、出来ないことを知ったからこそ、優しくもなれる。

もぐちゃんのように情緒的な発達が遅れている場合は、自発的に
優しさが行動に現れるよりも、まわりにいる大人がしていること
をまねるところから始めるのだろうと思う。

出来ないことは悪いことではないと、何度も語りかける。
出来ないことと思い込んで挑戦しようともしないことがいけない
のだと語りかける。
始めから諦めてしまっては何もできないままだと語りかける。
挑戦して、出来ないと分かったときに、きっぱりと諦めることも
また大切なのだと語りかける。

何度でも、何回でも。
これまでもそうして来たように。

理想と現実の違いを認識するのは、子育てに関しても重要だ。
百点満点の子育てなど無いと知ることが大切だ。


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市屋千鶴 [MAIL]