日記日和
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2005年04月15日(金) 船旅の思い出


今、内田康夫の「貴賓室の怪人」という本を読んでいます。

世界一周の船旅で殺人事件が起こるのです。


この本を読みながら、そういえば、長いこと船に乗ってないなぁ・・とふと思いました。




私は高校まで四国で過ごしたのですが、本四架橋もない頃でしたので、四国から出るにはとにかく船に乗るしかなかったのです。

あ、飛行機はあったはずだけど、空港まで距離があるので利用したことがありませ〜ん。



小・中・高の修学旅行も集合場所は、まず港でした。

小学校の修学旅行先は、九州の別府。
早朝船に乗るとお昼頃に別府に着くのです。
その日の午後と翌日の午前中を別府ですごして、船に乗って帰るのです。

地獄めぐりや猿山、水族館と見所が多いうえ、船の運行具合がよかったんでしょうね、九州の他の地はともかく別府へは、小さい頃から何度か行っています。

そういえば、父の職場の人たちと大勢で、別府に日帰りで遊びに行ったこともありましたっけ・・


中・高の修学旅行では、集合が夜で、翌朝神戸だったか大阪だったかへ到着して、そこでバスに乗り目的地へ。
帰りは逆に早朝に四国へ着くように帰ってくるので、時間の無駄がありませんよね。

船中2泊するので、「〇泊△日」と表記するとすごく長い旅行のようになります(笑)




学生時代に下宿先から帰省する時もやっぱり船を使っていました。

長期休みに入って早々だと四国に向かう船中で同級生の誰かしらに会うんですよね。
みんな当然のように2等船室なので、車座になって、ビール片手に近況報告をしたりして・・
それほど、親しくなかった友達とも、不思議と話が弾みました。


そして、夜が明けて、船が四国の港に近付くと、自然と足がデッキに向いて、故郷の懐かしい景色がだんだん大きくなってくるのをじっと見ていました。

それだけでも、あ〜帰って来たんだ・・とほっとしたのですが、船が接岸する頃に、出迎えの人の中に父の姿を見つけると、さらに安堵が広がったものです。

あの瞬間、好きだったなぁ。




でも、そんなのんびりした船旅も学生時代まで。

就職してからは、お金よりも時間を惜しむようになって、帰省するときは、新幹線で広島県内まで行き、そこからは高速艇を利用するようになりました。

確かに高速艇も船ですが、シートに座ったまま本でも読んでいれば着いてしまう(約1時間)ので、「船旅」とはいえませんよね。

その高速艇でも同級生と乗り合わせたことがありましたが、みんなお行儀良く静かに座った船内では、あまり話も出来ませんでした。



本州と四国を行き来するフェリーに最後に乗ったのは、里帰り出産した息子をこっちに連れて帰るときだったかな・・・

すでに瀬戸大橋も開通して、車だけで帰省できるようになっていたのですが、生まれたばかりの赤ちゃんを長時間車に乗せるのが心配で船にしたのです。

そのとき、初めて個室を利用したのですが、あまり上等ではない(失礼!)ホテルの1室といった感じでした。

でも、授乳やオムツ替えに人目を気にせずに済んで助かりました。




その後は、なるべく時間がかからないようにと、帰省も車か新幹線ばかりだったけど、もう子供たちも大きくなって、のんびりした船旅も可能なハズ。

2等寝台をとれば、雑魚寝しなくて済むし。


でも。

あのフェリーって、今も運行してるのかしら?

それが心配。。。


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