2004年12月15日(水) |
GONNAのコンサートが終わって・・・ |
東京、京都、大阪、地元名古屋と長かったようなアッと言う間もなかったと言うような・・・。若い彼等の直向さに感動した。今回僕は彼等と共に行動した、最後の名古屋では初日のみで仕事の関係で東京に戻った、んー打ち上げに出たかったなー、彼等を支えているサポーターの存在にも気づき又話もした、そして舞台スタッフ・・・彼等もプロとしてGONNAに良い影響を与えているようだ。 そー彼等は気づいていないかもしれない、時代の変革期にいる事を、巨人、ダイエー、西武もっと言えば経済界のありかた、政治家のそれ・・・明治維新に匹敵するような渦が巻いている。今まで定説になっていた事が音を立てて崩れている、人心も荒廃している、だから太鼓を打って打ちまくって欲しい、彼等は今回【TORIO PER UNO】に挑戦した、作曲家のN・J・シフコビッチ氏の作品だ。 洋打楽器の為の曲をGONNAでマリンバを演奏する名古屋音楽大学の学生の発案だった。僕はスコアーを見て驚いた!緻密に計算された中にもユーモアもありやはり三木稔先生作曲(僕の所属する日本音楽集団創設者)マリンバスピリチュアルの影響が見られる、だって海外での演奏回数が3000回を超えているんだ・・・シフコビッチ氏がユーゴスラビア出身という事もあってか、彼等の練習に付き合っていて、音から何処か戦禍の風景が浮かんできた、遠くで砲弾の炸裂する音、軍隊が遠ざかっていく感じ・・・本当にビジュアルとして浮かんだ、三章で「走れ!と指示しているのは戦争終結の喜びなのか? で彼等に「作曲家に連絡を取ったのか?和太鼓で演奏していいのか?確認したか?」と聞いてみたがNoだった、だったら和太鼓で演奏したDVDを僕が連絡を取って送ろうか?と発案したが・・・やめた・・・彼等自身がやるべきなのだ、氏は巴里に住んでいるということなので個人的には会いに行こうと思っている。
僕の目標はプロの和太鼓チームに60歳50、40が一緒になって演奏出来る環境と音楽造りにある、相撲や拳闘のように闘って若くして引退するようなジャンルにはしたくないからだ、だから日本の伝統が伝える芸を大事にしていきたい、そして肉体的にもーだめだという時のために古武術の体捌を身に着けて欲しい。 僕も現役太鼓打ちとして日々考え稽古しているからか、昨日の発言が今日変わってしまう事も多い、でも指導する時は明確に違いを示さなくてはいけないし太鼓の音の変化は色を変えるように具体的なものでそこに精神論などは入り込む余地はないと断言出来る、しかしながら「これよりもこっちの方が良いかも・・・」とつい言ってしまう・・・だって僕も実験段階な事が多いもんだから・・・で若い時は一度徹底的に稽古に打ち込み体を壊すぐらいまでやらないと判らない事もある、だからある程度の暴走は良いと思っている。
まーGONNAを支えている方々に心より感謝申し上げる、今度音騒鼓(練習場)の防音設備完成記念には僕も小鼓を演奏するつもり、どうぞ時間の許される方はお越しいただければと念願する。 第2回音騒鼓企画のお知らせ
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