Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2007年05月29日(火) 生きる義務すら果たせなかった松岡農水相



「 終始一貫して僕が自分の漫画で描こうとしてきたのは、

  次の大きな主張です。

 “ 生命を大事にしよう! ” 」

                               手塚 治虫 ( 漫画家 )

What I have been consistently trying to depict
in my cartoons is the big assertion
“ Let's respect life ! ”

                                 Osamu Tezuka



日帰りで遊ぶつもりが深夜になり、連れの女性がやたらと美しく見えた。

予約もしてないし、バカ高いスイートしか空いてないが、こうなりゃ仕方ない。


もう大人すぎるぐらい大人なんだから、いい加減に 「 こんな生活 」 は卒業すべきだと、頭では判っているのだが、なかなか性分は変わらない。

おまけに、なんで結婚しないのかと尋ねられ、「 世界中の美人を全部、どこかに隠してくれたら、君と結婚するよ 」 などと、寝ぼけたことを口走る。

洒落のわかる女性だからよかったものの、もし 「 サイテー 」 なんて言われ平手打ちを食っていたら、高級スイートに一人で泊まるところだった。

仕事は楽しいし、遊びも楽しいが、よほどのことがないかぎり 「 ふんぎり 」 のつかないまま、この女性ともいつか別れることになるのだろう。

まるでボツにされる漫画のような人生だけど、ただ一つ誇らしく言える事は、精一杯、自分の人生を 「 死なないように生きていく 」 という信念だ。


最近の若い人は 「 挨拶ができない 」 と嘆く諸兄も多いが、大勢の大人が、ご立派な政治家までもが 「 ごめんなさい 」 の一言を言えない。

人に謝るようなことはしないほうがいいけれど、「 過ちを犯さないこと 」 より大事なのは、「 過ちは認め、真摯に謝罪し、それを償うこと 」 である。

政治資金問題や、官製談合事件などで告発されていた松岡農水相が自殺したが、彼も 「 ごめんなさい 」 を言えない一人だったようだ。

おそらく、「 ごめんなさい 」 を言う代償としては、進退問題のみならず相当なリスクを抱えることになっただろうが、命まで奪われるわけじゃない。

一体、この御仁は大学や農林省で何を学び、何を目的に生きていたのか、まったくもって理解に苦しむばかりである。


あるいは、「 謝るぐらいなら、死んだほうがマシ 」 と考えていたのかもしれないが、もしそうなら、よほど頭が悪かったのだろうとしか言えない。

以前から私は 「 自殺を図る奴は人間のクズ 」 と考えているが、それでも、そんな人々に対し 「 自殺はいけない、命を大切に 」 と訴え続けてきた。

地球温暖化も、憲法の改正も、官製談合事件も、米国産牛のBSE問題も、なんでもかんでも 「 すべては生きている人間の問題 」 なのである。

今日、巷で闘わされる議論は、明日を生きる人間の問題であって、未来を恐れたり、絶望したりして、人生を放棄する人間のためには存在しない。

たとえどんな生き様であろうと、ただ生きること、人生に立ち向かうことが、世界を憂いたり、国の心配をすることよりも、はるかに優先順位が高い。


ほとんどの人間が 「 当たり前 」 と考えていることは、憲法や法律の条文に省かれている場合がある。

しかしながら、過去に 「 常識 」 と考えられていたことが、時代の変化やら、倫理の後退、文化や美意識、健全な精神の衰退などにより変化もする。

最近、ずいぶん多くの自殺企図者が現れ、あたかもそれを正当化したり、他人や周囲のせいにしたり、まるで仕方がないように語る人間がいる。

憲法には国民の三大義務として、「 教育 」、「 労働 」、「 納税 」 が課せられているが、現代は 「 生きる義務 」 も加えるべきであろう。

引きこもり は教育を受けず、ニート、鬱病 の人は労働の義務を果たさず、銀行は儲かっても納税しない時代に、こちらのほうがよほど意味がある。






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