| 2007年08月31日(金) |
世界陸上 : 中継では伝わらない感動 |
「 我々に運命の枠組みを選ぶことは許されていない。
しかし、その中に入れるものは、我々のものである 」
ダグ・ハマーショルド ( 第2代国連事務総長 )
We are not permitted to choose the frame of our destiny, but what we put into it is ours.
Dag Hammarskjold
今回の世界陸上もそうだが、黒人選手の身体能力は総じて高い。
特に、短距離種目で決勝に進めるのは、大半が黒人選手である。
よほどの番狂わせが無ければ、世界レベルの大会における短距離走で、日本人が上位に食い込む可能性が低いことは、認めざるを得ない。
これは、努力によって向上する熟練技能 [ skill ] ではなく、遺伝的に持って生まれた能力 [ ability ] の問題が大きいとみて、まず間違いないだろう。
ただ、だからといって、「 勝ち目がないから挑戦しない 」 という態度が賢く、それでも積極的に立ち向かう姿勢が愚かだとは、けして思わない。
世界の頂点に挑戦する資格が無いのは、「 勝ち目のない選手 」 ではなく、「 勝つ気のない選手 」 であって、強い意志さえあれば無駄ではない。
すぐに結果を出すのは無理でも、成し遂げる意志は後継者に引き継がれ、いつか必ず、日の丸を背にした選手が、報われる日もくるはずだ。
勝ち目がないからといって、何事も挑戦することを諦めたり、すぐに辞めてしまったりする連中の多くが、果敢に挑戦する者を嘲笑する傾向にある。
スポーツや、ビジネスでは、たしかに 「 結果を出すこと 」 を優先されるが、「 やる気の有無 」 というのは、それ以前の問題だといえよう。
仮に、やる気のない人間が稀に結果を出したとしても、それは長続きせず、誰にも良い影響を与えることなどなく、全体の発展には寄与しない。
先日、ストーカーと化して女性を射殺した警官も、日頃から 「 仕事に意欲がない 」 と漏らしていたようだが、典型的な 「 ロクでもない人間 」 である。
向上心や、己の限界に挑戦する意志のない無気力な人間が、他人を批判したり、偉そうに御託を並べる姿をみかけるが、まったく恥知らずな話だ。
今回の世界陸上では、結果だけをみると 「 日本勢の不甲斐なさ 」 が目につくところだが、連日、競技場で生の試合をみると、少し違う感想を持つ。
アテネ五輪のように、惨敗しても満足げな表情を浮かべる選手は皆無で、全選手が彼らなりに 「 結果を出そう 」 と試み、真剣に勝負している。
本来の実力が出なかった選手は悔しさを露にし、次に賭ける選手は試合を振り返って敗因を辿るようにトラックを眺め、なかなか立ち去らない。
おそらく中継では伝わり難い 「 選手の本気度 」 や 「 意欲 」 というものが、日本勢には高く、結果は思わしくないが、批判する気が起きない。
定められた運命の中においても、精一杯に力を出し切る姿勢は、無気力な現代日本の風潮に辟易する私にとって、一服の清涼剤になっている。
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