| 2007年09月07日(金) |
パヴァロッティ 巨星の逝去 |
「 音楽を聴くのに、頭なんて必要ないよ 」
ルチアーノ・パヴァロッティ ( イタリアのテノール歌手 )
You don't need any brains to listen to music.
Luciano Pavarotti
オペラ歌手の最高峰 “ キング・オブ・ハイC ” パヴァロッティ が死去した。
ハイC とは、2オクターブ上の 「 C ( ド ) 」 の音で、声に出すのが難しい。
最近、秋川 雅史 さん による 『 千の風になって 』 がクラシック歌手としては初のミリオンヒットを記録し、音楽界に新風を巻き起こした。
私が音楽の話をするのは、大部分が若い人たちで、オペラやクラシックの話題になると、 「 クラシック なんて ゲロゲロー 」 なんて反応が返ってくる。
しかし、前述の 『 千の風になって 』 や、平原 綾香 さんの歌う 『 jupiter 』 は人気があり、歌手や、原曲がクラシックだと知って驚いた人もいる。
彼らが毛嫌いする理由は、クラシックの話に参加する際、楽曲の感想より 「 歴史背景などの予備知識 」 を求められることが多いからだという。
音楽なんてものは、感覚的に楽しむものだと パヴァロッティ も認めていたが、たしかに、そこへ余計な解説を強要されると 「 ゲロゲロー 」 である。
パヴァロッティ のように、声で ハイC を連続して安定的に出せる人たちは、もはや歌手の 「 声 」 というより、精密な楽器の 「 音 」 に近い印象がある。
その正確さ、規則正しさは、たしかに凄いと思うけれど、あまりにも完璧すぎるので、逆に、「 人間が歌っている 」 という感情移入や、連帯感に乏しい。
また、近年は 「 カラオケ文化 」 の浸透などで、音楽は 「 聴くだけのもの 」 から 「 誰でも気軽に口ずさめるもの 」 へと、需要が変化してきた。
それに、現代の都市生活のリズムには、ノリ のよいアップテンポな楽曲のほうが合っていて、ゆったりとクラシックに耳を傾けられる機会も少ない。
私自身は、車の運転中や、部屋でくつろぐ時にクラシックを選ぶことが多いけれど、それも 「 聴く 」 というより、「 他のノイズを消す 」 目的が大きい。
輝かしい高音をもつ リリック・テノール が言う通り、音楽は頭で理解しようとするものではなく、心で感じとるべきものなのだろう。
詳細に分析したり、評価したり、他人に価値観を押し付けたり、その価値を理解できない者を侮蔑するのは、間違いというより 「 野暮 」 だろう。
東京で 「 三大テノール 」 を観た当時は、広告代理店の知人に勧められ、何の予備知識もなかったのだが、後から思うと、これは良い機会だった。
世界的なエンタティナーの死去には寂しさがあり、報道で各界の著名人が 「 巨星の逝去 」 を悼む声を聞くと、さらにその感慨が深まる。
謹んで哀悼の意を表し、来日公演で魅惑の ( というより、驚愕の ) 高音を聴かせてくれた思い出、珠玉の名言を遺してくれたことに感謝を示したい。
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