Tonight 今夜の気分
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2007年10月18日(木) 小学校二年生の女児が刺殺される国



「 もし100人を養えないのであれば、ただ1人を養いなさい 」

                   マザー・テレサ ( ローマ・カトリックの尼僧 )

If you can't feed a hundred people, then feed just one.

                                  Mother Teresa



お金持ちというだけで、なぜだか 「 目の仇 」 にする人がいる。

老人というだけで、なぜだか 「 弱者 」 だと決め付ける人もいる。


格差社会という言葉が流行った結果、「 お金持ちから、もっと税金を取れ 」 とか、「 弱者に優しい世の中にしよう 」 と望む声を、よく耳にする。

税制面では、大企業への優遇措置が増えた一方、低所得者の負担が重くなったとか、老人医療費が上がって、弱者が困っているとの不満も多い。

物事を語る上で、「 弱きを助け、強きをくじく 」 ような発言は格好良いが、はたして、そこに 「 正当性 」 はあるのだろうか。

一口に 「 お金持ち 」 といっても、親の遺産を継承した人もいれば、無一文から必死の努力で這い上がり、財を成した人もいるはずだ。

また、弱者の中にも、不可効力的な事情で生活に困っている人もいれば、人並みの努力もせず、怠惰に生きた結果として、困窮している人もいる。


昔から 「 清貧 」 という言葉があり、貧しく、つつましい生活を送っている人ほど善人のような、そんな印象を持たれることが多い。

貧しい暮らしの中から、もっと困っている人たちのために、小額の寄付をしたなんて話を、感動的に伝えるテレビ番組などもある。

それに対し、数十億円は稼いでいるであろう高額所得者が、百万円程度の寄付をしたところ、まるで 「 売名行為 」 かのように皮肉る人もいる。

たしかに、お金持ちというのは疎まれやすく、他人の成功を妬んだり、羨んだりする人たちから、逆差別的な仕打ちを受けやすい立場にあるだろう。

そんなに儲かってるんなら、困っている人に分け与えなさいよという気持ちも、まったく理解できないわけではない。


ただ、原則として 「 収入の多い人は、納税額も多い 」 ことは事実であり、貧乏な人が小額の寄付をするより、実際は、福祉への貢献度も大きい。

金額より 「 気持ちの問題 」 こそ大事だという見方もあるだろうが、弱者を救済するために、「 愛 」 よりも 「 お金 」 が必要な場面は多いはずだ。

現実的な収支面で考えると、「 お金持ちが多く住み、弱者の少ない国 」 と、逆に 「 お金持ちが少なく、弱者の多い国 」 では、福祉の充実度が異なる。

ある意味、国庫への貢献度が高いお金持ちこそが 「 国を良くしている 」 と考えられるわけで、無条件に悪者扱いするのは理不尽といえるだろう。

さらなる負担を高額納税者に課し、低所得者に厚情を注ぎ、「 お金持ちを締め出し、居心地の良い弱者を増殖させる 」 のが、良策とは思えない。


非情な意見に聞こえそうだが、貧乏な人は寄付をするより、頑張って所得を向上させ、多額の納税をしてくれるほうが、社会全体のためになる。

特定の個人や組織を助けるためには、ときとして寄付も必要だが、国民の総所得が増えれば国庫が潤い、経済的弱者が減ることで支出も減少する。

国庫が潤沢で、救うべき弱者も少なければ、福祉が万全に機能することは必定であり、それこそが理想の 「 福祉大国 」 である。

満足な働きもせず、困ったら 「 お金持ちから毟り取ればよい 」 という概念は、優秀な人材や企業が海外に流出し、カスばかり残る不安が大きい。

当然、本当に不幸な境遇にある人々には手を差し伸べるべきだが、最近の日本は、どうも 「 弱者偏重主義 」 的な様相が強くなっている気がする。


兵庫県加古川市で、小学校二年生の女児が自宅玄関前で何者かに胸部を刺され、その後、失血死するという事件が起きた。

なんとも痛ましい事件であるが、もっと憤りを感じることは、「 犯人に対する処遇 」 が、おそらく、軽微なものになるだろうという予測にある。

まだ犯人は捕まっておらず、犯行の動機は解明されていないが、たぶん、そこに 「 動機 」 と認められるような事柄は、存在しないものと思われる。

これは、どう考えても 「 異常者による犯行 」 であって、犯人を捕らえたところで精神鑑定にかけられ、「 責任能力なし 」 と判断される公算が高い。

無垢な児童を殺害したという 「 万死に値する大罪 」 でも、加害者が弱者であるという根拠だけで、温情ある軽微な処分が下される率が高いのだ。


人の何倍も働いて、何度も失敗を繰り返し、泣き言も漏らさず、うつ病にもならずに頑張って、ようやく大金を手にしたら、莫大な税金を徴収される。

そんな 「 自分で責任がとれる人たち 」 は、せっせと納税しても他人からは疎まれ、もし、何かの間違いで人でも刺せば、重罪を課せられる。

その一方で、ちょっと行き詰まると不満を並べ、首を吊る真似をして周囲に心配をかけ、精神病だからと仕事を休み、挙句の果てに子供を刺す。

そんな 「 他人に責任を押し付ける人たち 」 は、ストレス社会の生み出した被害者として手厚く保護され、気の毒な弱者と扱われて恩恵に浴する。

どこが 「 格差社会 」 なのか、理解し難い実情がそこにあり、社会に貢献ができずとも、自分1人の心身を養う義務は、全国民に課すべきかと思う。






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