Tonight 今夜の気分
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2007年11月12日(月) 85歳 末期がん の 夫 が、80歳 認知症 の 妻 を 絞殺



「 人は行為を罰し、神は意図を罰する 」

                                   英語のことわざ

Man punishes the action, but God the intention.

                                 English proverb



この言葉は、「 情状酌量の余地 」 がある裁判で、欧米人がよく使う。

軽い罰で済ますけれど、自主的に 「 よく反省しなさい 」 という具合だ。


江戸時代、日本の刑事裁判は実に単純明快なものであり、司法の判断に他者が介入することも少なく、すべては奉行所の手に委ねられていた。

その処刑は一種の 「 見せしめ 」 として公開されており、衆人監視のもと、セレモニー のように街中で行われていたのが実態である。

殺人は、一部の例外 ( 身分の高い武士が、無礼な町人を斬った場合 ) を除けば、ほとんど死罪に処されたが、その処刑方法は多岐に亘っている。

当時の発想は、同じ死刑囚でも 「 軽いか、重いか 」 の違いがあるとして、罪人が死に至るまでの苦しさや、辱めの違いに差をつけていたのだ。

あっさり首を斬る方法もあれば、「 火あぶり 」 とか、身体の両側から竹槍で突き刺す 「 磔 ( はりつけ ) 」 があり、「 死の強度 」 が重要視された。


刑場に連行される際も、重罪には 「 引廻し 」 といって、罪人を馬の背中に縛り付け、犯行現場や市中を晒し者にしながら練り歩く手段がとられた。

処刑後の措置も、凶悪犯の場合は 「 獄門 」 といって、斬り落とされた首を台の上に乗せ、三日間、そのまま晒され続けていた。

現代の感覚でみれば、それは残酷に思われるが、当時の権力者たちは、暴力的な光景を庶民に見せつけることで、秩序の維持を図ったのである。

野蛮ではあるけれど、現代のように、死刑がいつ、どのように行われたのか、まったく公開されない仕組みに比べると、執行の実情がよくわかる。

明治以降、海外の要人が行き来するようになり、その野蛮さが指摘されるまでは、誰もがそれを 「 当たり前 」 と理解し、人々は刑罰を怖れていた。


加害者の境遇や、犯行に至った動機や、あるいは犯行時の精神状況など、近代裁判で重視される背景的要素は、さほど刑罰に影響を与えなかった。

稀に、重度の精神障害者が刑罰を免れ、「 自宅内監禁 」 を申し付けられることはあったが、たいていの場合、刑罰自体は軽減されなかったのだ。

情状酌量は、前述した 「 死刑の方法 」 に考慮される程度で、相手が誰だろうと、動機がどうだろうと、「 同じ罪には同じ罰 」 が、大原則だった。

近代裁判では、加害者の責任能力や、犯行に至るまでの経緯が重視され、たとえば死刑でも無罪になったり、窃盗でも長期の懲役になることがある。

つまり、江戸時代は 「 犯罪 ( 何をしたか ) 」 そのものが裁かれ、現代は 「 犯罪者 ( 誰がしたか ) 」 が裁かれるように、刑罰史は変化してきた。


兵庫県警尼崎南署は、11日未明、尼崎市大庄川田町、無職、橋本 幸夫 容疑者 ( 85歳 )を、妻 ( 80歳 ) に対する殺人容疑で緊急逮捕した。

事件を通報したのも 橋本 容疑者 だが、「 自分は大腸の末期がんで、先に死んだら、認知症の妻がふびんに思う 」 などと、容疑を認めている。

過去の判例に照らすまでもなく、この事件が 「 単なる殺人 」 として扱われるとは考えられず、おそらく情状酌量の認められた処遇が下るだろう。

たしかに、憐憫を感じる事件ではあるが、加害者への恣意的な感情で処分が決まるなら、そもそも 「 刑法 」 の存在自体が無意味な気もする。

少年犯罪でも、触法精神障害者による事件も同じだが、近代裁判で刑罰を下す立場に居るのは、精神科医など、司直以外の者である場合が多い。


世論の多くは、“ 可哀相な ” 彼らを救済しようとするが、はたしてそれは 「 加害者を救う 」 ことや、「 加害者の人権保護 」 につながるのだろうか。

たとえば、末期がんの加害者に対する 「 寛大な恩赦 」 で、救われるのは加害者でなく、「 それを見守る周囲 」 ではないのかと、ふと疑問に思う。

人権擁護の観点からみても、ただ “ 可哀相 ” という理由だけで、「 正当な裁判を受ける権利 」 が剥奪されるほうが、人権侵害ではないのだろうか。

実際のところ、「 もし、奇跡的に末期がんが治癒したら 」、「 もし、加害者の死後に、妻の認知症が改善されたなら 」、判断に迷いも生じるだろう。

もし私が、この加害者の立場ならば、覚悟を決めて下した自分の行動に、憐憫ではなく、死罪を言い渡されるほうが、よほど温情を感じるはずだ。






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