2008年08月12日(火) |
アスリート と マスコミ の関係 |
「 会話のコツは、言うべき時に言うべきことを言うだけでなく、
言うべきでないことは、たとえ言いたくても言わないことだ 」
ドロシー・ネビル ( イギリスの著述家 )
The real art of conversation is not only to say the right thing in the right place but to leave unsaid the wrong thing at the tempting moment.
Dorothy Nevill
今日も北京では、白熱した闘いが繰り広げられている。
栄冠を掴む勝者がいれば、当然、その片方に敗者の姿もある。
誰でも、限られた人生の中で、すべての経験を踏むことなど不可能だが、人間には想像力というものがあるので、思い浮かべることはできる。
自分とは異なる境遇の人をみて、楽しそうだとか、辛そうだとか、あれこれと想像するのは、人間らしい特性の一つだとも言えるだろう。
ただ、想像力には限界があり、同じような立場、似たような経験をしないと、なかなか理解し難い 「 特殊な感情 」 というものも存在する。
それぞれの想像力は、それぞれの経験や感情に基づくものだから、本人が経験したことのない立場にある人の感情が、想像し難いのは無理も無い。
具体例を挙げると、「 お金持ちの苦労 」 が貧乏な人に想像できないとか、「 戦争体験 」 が、平和な時代の若者に理解し難いことなどがある。
それでも、せいぜい相手の気持ちを理解しようと、想像力を働かせるのは悪いことでないし、むしろ、一種の思いやりだとも考えられるだろう。
だが、未体験の人が語る 「 想像の話 」 には、誤りも多いので、たとえば、「 きっと、あの人はこういう気持ちだろう 」 などと語るのは、注意が必要だ。
最近では、ブログなどで “ その道のプロ ” じゃない人も自由に意見を発信できるから、そういった誤りのある文章が、簡単に流布されてしまう。
その結果、対象者は何とも思っていないのに、「 きっと辛いだろう 」 とか、「 怒っているだろう 」 などと、意図せぬ “ 代弁 ” が一人歩きする。
ここまでいくと、「 思いやり 」 の範疇を逸脱しており、むしろ本人にとっては 「 迷惑 」 な話でもあり、想像にまかせて無責任に語るのは問題が多い。
この時期、人々の話題はオリンピックに集中しているが、トップアスリートの “ 気持ち ” についても、様々な 「 想像 」 が飛び交っている。
そこで、特に 「 本格的にスポーツを体験したことのない人 」 が、ブログなどで珍妙な意見を述べていることに、どうも違和感を覚えてしまう。
一例を挙げると、「 マスコミはメダルを獲得した選手にばかり取材し、4位以下の選手を見向きもしない 」 から、けしからんという意見がある。
こういう表現の裏には、発信者の “ マスコミに対する不満 ” があるのだと思われるが、下位選手に取材しないのは、逆に 「 マスコミの優しさ 」 だ。
もし、不本意な成績に終わったのに、マスコミ各社が執拗な取材を敢行してきたら、選手としては 「 たまったもんじゃない 」 のである。
自分も学生時代に何度か、スポーツ新聞や、競技雑誌の取材を受けたが、好調なときには大きく取り上げられ、不振が続くと相手にされなかった。
スポーツに疎い人は、その様子を眺め 「 マスコミは計算高くて薄情だ 」 と感じるかもしれないが、当事者の大半は、そんな気持ちを抱いていない。
例外もあるが、選手の気持ちとして、好調時は 「 大きく取り上げて欲しい 」 のが本音で、不調時は 「 できれば、放っておいて欲しい 」 ものである。
実際、スポーツを専門に扱う記者の中には、そのあたりの機微を熟知している人が多く、政治、報道記者などと違い、選手に親身な取材が多い。
冒頭に挙げた名言のように、「 言うべきでないことなら、たとえ言いたくても言わない 」 という記者が多いのも、この業界の特性だろう。
もちろん、なかには 「 悪意のある記事 」 やら、「 悪影響を及ぼす取材 」 もあるが、総体的には競技への理解者が大半で、熱心な応援団である。
それは、ほとんどが競技経験者だったり、実体験はなくても、長年の活動を通じて選手と接してきたことで生まれる 「 友情 」 に根付いた結果だ。
これらは、まったくスポーツに疎い御仁から理解され難い部分だと思うが、勝手な解釈と憶測で 「 選手が気の毒だ 」 などと語るのは筋違いである。
ただ、日頃は競技に関心のない芸能人らが、五輪の取材に駆り出されて、意味不明な 「 愚問 」 を選手に投げている様子は、たしかに不愉快だ。
だが、それはごく一部の話であり、選手が活躍して、競技が盛り上がったら購読数も増えるので、概ね、運動部記者とアスリートは友好関係にある。
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