2003年12月01日(月) (シリーズ)父からのメール��
「群盲象を撫でる」・・・ってのは確か中国の諺だったよね?
いちおう説明するけど、盲ばかり暮らしてる村から、ある日何人かが象を身に行って、だけど見えないから触ってみるわけね。 でも象って大きいから、だれも全身を触ることは出来なくて、それぞれ自分が触ることの出来た部分から、象のイメージを村に持ち帰って報告したのよ。
で、人によって内容が全然違ってて、ある人は「象とは、太い柱のような生き物である」。別な人は反論する。「いや、細長いヘビの如きものなり」「いやいや、巨大な団扇のよう」「堅きこと岩のよう」・・・
「自分」ってさ、なんかそんな感じ。 いろんな場面でそれぞれに反応する自分がいて、猛々しかったりしおらしかったり、キレたり押さえたり、可愛いコぶったりわめいたり、理屈こねたりおちゃらけたり。
自分を演出する時があって、素直な瞬間があって。 もういいよ、ってサバサバしてみせる自分がいて、いつまでも根に持ってる自分がいて。 結構優しい自分、意地悪な自分。
私は相手を映す「鏡」なのかも、って思うことがある。 親切に扱われれば優しくなれる。 無神経な人には、ドライに接する。 挑発されたら睨み返す。 金持ちには遠慮なくこちそうになるし、薄幸そうな人にはつい手を伸ばしてしまう。
あるいは、引き出しのいっぱい付いた整理棚。 接する相手が開けてくれた箱から、分類された自分の部分部分が顔を出す。 だけど、自分一人じゃ開けられない。 ・・・みたいな。
どんなに言葉を重ねてみても、ちゃんと自分を伝えられたかどうかいつも不安で、伝えたい「自分」って何なのかもわかんない自分にイラだったりあきれたり。 でもね、たとえば自分は「太い柱」なんだとかって思い込んだりこだわっちりしたら、瞬間瞬間変化している自分自身しマイってしまうかも。
さて、ここでレベルEの講義に入ります。 四次元の・・・ あ、この話はメモリーがパンクしてしまうな。 ってゆーか指が胃痙攣・・・ えーっとっ。(なんかこれ口癖?) あの、脳を輪切りみたいに撮影する、なんとかスキャンってあるじゃない? あんな感じ。 あと、投影図? 映画の予告篇、とかカレンダーのパンフとか。
そおそお、組立式紙細工の展開図? 切ってつないて張り合わせないと意味ないバラバラの部品の集合。だけど完成すれば立体模型。 だからぁ、表も裏も外も中身も、って、全体像をいっぺんにとらえることは、ふっ、ふっ、不可能ぉ〜!ってこと。
たとえばさ、君は、ニッポンってどんな国か、とかって、一息で言い切れる?
みんな、誰かのイメージに形作られて生きている。 誰かがバカにしてくるから、自分は価値のない人間だと思ってしまう。 誰がが持ち上げてくるから、自分は何か大層な人物なのかと思い込んでしまう。
だけど、愚かな部分も価値ある部分も、そのどちらでもない自分だけが楽しめる感性も、泣きたくなるよな卑しさも、持ってるはずなんだよね、みんな。 なのにいつのまにか「開かずの箱」を作ってしまう。
「どれが本当の自分?」なんて、なんかそれって変。 そんなのが全部集まっての「自分」なんじゃないのかな、って。
独りぼっちを楽しめる部分も、ふんっ、つらくなんかないやいって、強がる部分も、「ほんとは寂しかったんだ」って押し入れの中でこっそり泣いてる部分も、どれもこれもホントもウソもない、全部「自分」なはずなんだ。
何十年も生きてきてね、やっとそんなとこに行き着くのだよ。 今日はこのオジサンが、酔った勢いで特別にキミに教えてしまった。 今回君が開いた箱の中身は、結構ややこしいものが詰まってましたね。 箱や引き出しの封印は、いちおう全部解いてあるけど、内容確認はしてないものもあるからね。
結局また長くなっちまったいっ。 受講料はサービスしてあげ、てもいい、けど、いや、まてよ、少しくらい何か要求してもいい、くらいのコトは、あるぞ、今日は、むふふ、あれや、これや、むふっ、むふふふふっ、・・・あっ、オジサンじゃなくて、あたしゃジイちゃんなのかあっ! ・・・じゃダメだあっ。 って、何がだよっ! (チャンチャン)
(うーん、このパターンも、ぼちぽち飽きてきたな)
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