■2002年12月04日(水)
― 魔法にかからなかったよ… ―
夕方18時になってスグに会社を出ると、まるで待ってました!と言わんばかりにタイミングよく、前の会社の友人から電話が…。「仕事終わった?これからさ〜、映画観に行かない?ハリー・ポッター!」。 え!ハリー・ポッター?!この映画および小説と、私とは、たぶん一生関わりを持つことはないだろうなと予想していたのに意外な展開。まぁ、今日・水曜日はレディスデーで料金1000円だったし、いいや、観てみよう!という気になってさっそく有楽町マリオンへ。 1作目は観ていなかったので、登場人物の関係などがわからない部分もあったけど、映画そのものはまあまあ面白かったよ。 でもね「ハリー・ポッター」は、映画だと、アレを「ハリーの魔法」として自然に素直に捉えるには無理があるというか、大掛かりに作り過ぎたような気がする。ヒネくれ者の私は「わ〜、すごいCG技術!」なんて思っちゃうわけ。映画としての仕掛けや技術はスゴイんだけど。もしかしたらアニメだったら良かったのかもしれない。 こんなふうに、エンターテインメント的なものを素直に見られないということが多々あるの。表のイイ部分よりも、ついついその舞台裏のほうに注目しちゃう。 例えばディズニーランドのエレクトリカルパレード。アレはすっごく素晴らしいと思うし、初めて観た時には感動のあまりナミダが出そうになるくらいだった。 「一人一人のコスチュームデザインが違ってるし、凝ってる!縫う人もあんなにたくさん作って大変だったろうな」 「ダンサーのパフォーマンス最高!こんなにみんなでキレイに揃って踊れるようになるために、どんなに練習したことか…」 「あんなに光り輝く衣装を着てて、ヤケドしたり感電したりしないんだろうか…?」 「点灯のテストや、リハーサルも何回も何回もトライしたんだろうな」 あの素晴らしく美しいパレードを作り上げるために、どれだけ多くの人たちがどれだけ苦労をしたことか、それを考えると感動しちゃって胸がじ〜んときちゃう!…って思うんだけど、これって「モノを作る側の視点」でしか観ていないってことだよね。ただのオーディエンスとしての素直なキモチで感動することができないみたい。 もう一度子どものころのやわらかいココロに戻って、見るもの・聴くもの、すべてにワクワクしたりドキドキしたり、まるで魔法にかかるようなキモチでエンターテインメントを感じたいな。
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