肉体が爛(ただ)れていく流れに載せられて薄められて行く音楽たちの群れ。
ヒットチャートが安直に取り替えられていくのが当然のように、膨(ふく)らんでは萎(しぼ)んでいった繰り返された行為たち。
「ああ、一目見たときのドキドキと近づこうとする時の焦りと、「側にいたい」という台詞の逡巡と、目くるめく嬉しさと、違いを確認した絶望の一歩手前と、希望を切断に替える瞬間と」
それらの多くの塊たち。
「塊たちが、吐き出す微か過ぎる灰色の霧が視界を覆う。夕焼けの光度が上がれば上がるほどアリアリと霧がある。纏(まと)わり疲れた徒労感を思い出し、哀しみが赤い光に溶けていこうとする。」
揺れて酔っている感覚たち。
「好きかも。一緒にいるとドキドキする。側にいたいだけなんだ。つきあおう。優しいね。安心できるんだ。何でそうなんだろう。浮気って? 何処に行ってるんだ。そこは嫌い。全てが鼻につく。別れよう。もうどうでもいい。」
未来にもあるかも知れない言葉たち。
中学生の初々しい時代に戻りたい訳ではないのだ。全てのもの達を消去して、清明色に戻りたい訳ではなく、膨らみを繋(つな)ぎ止めておきたいだけなのだ。
膨らみを胸の手の中に繋ぎ止めておきたいだけなのだ。
心を満たして行く熱い熱気を、赤い夕焼けに拡散させたくない。
呼吸をするたびに、熱い熱い空気が流れ出ていくのを感じたくない。
様々な赤い灼熱(しゃくねつ)が私の気道を通り過ぎて行ったけれど、
ただ、ただただ、熱い空気を安定した物質に換えて欲しいだけなのだ。
夕闇から心臓に寂しさを感じさせない、熱い質料で埋め尽くしたいだけなのだ。
注記;「萎(しぼ)む」は、元来は草が枯れてしぼむことをいう。委は農耕儀礼で舞う女性の姿だから、女性であることと、その前のしなやかな状態を暗示している。
執筆者:藤崎 道雪