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「 とんこつラーメン源内 」
2003年12月01日(月)


暗闇から木洩れ日のような暖簾をガラガラと開けた。
ブワッと光の洪水から眼鏡へと霧が飛んできて、すぐに視界が曇ってしまった。
狭い入り口で目を細めても店内がボーっとしか見えない。
立ち止まっているのが少し恥ずかしくて、眼鏡を外したら、右奥へと7,8席のカウンターと左手に2席だけの店内だった。
「とんこつラーメン源内」という藍色に白抜きの暖簾を思い出し、左席に座ろうと視線を落として声を上げた。
箸は割り箸。紅しょうがとゴマすり機だけがある。
ラーメン屋の餃子は好きではないから、何だかほっとして眼鏡をかけると店内には5人ほどのスーツ男が黙々と食べている。
カラフルな張り紙に気を散らしていると、ラーメンとチャーシューくらいしか無いそうで、スープに化学調味料を使っていないとのこと。かなり期待できる。
いつもの癖で左足の貧乏ゆすりが始まって数分、ラーメンが、やっと来た。

 細かい葱が中心に青々としている。
手前に海苔の黒が、その下にキムチの赤と白が微妙なグラデーションで涎を誘ってきた。続いてフワッと後ろに仰け反るような濃厚な旨そうなスープの臭いが上がってきた。これは豚や鳥の動物系の匂いがするなんてことを思って視線を戻した。青々とした葱の周りに4枚、チャーシューが載っている。脂身の白が殆どないチャーシューは高級なものに違いない。これで値段が1000円とは、ちょっと安いかもと箸を割った。箸をスープにつけるとドロッとまではいかないが粘度の高いスープと分かった。チャーシューとチャーシューの間へと箸を入れると麺があったあった。ああ、涎が垂れてきてしょうがない。全くもってしょうがない。麺をちょっと持ち上げてみると、ふと麺系の緩やかなちぢれ麺だった。その麺に濃厚なスープがトロトロと垂れていく。ああ、俺の涎も垂れていくよ〜〜。も〜たまらん、たまらん。箸先に摘まれた10本くらいの麺だけしか見えずに、麺が近づいてくるのしか見えずに口を大きく開けたようだ。
 瞬間、涎でいっぱいの口の中に動物の濃厚な茶色と穀物の黄金が、プワァアア〜〜っと。
チャーシューはスープをさらに濃縮していたし、葱のシャキシャキさが歯ごたえとサッパリ感を与えてくれた。もう1つの箸休めのキムチも干しえびが入っていて本場韓国の旨さだった。旨い旨い旨い!!
 旨くて旨くて旨くて、一気にむしゃぶりついた。

 すると、「・・・さん・・・ぉぁぅさん・・お客さん・・・」という声が聞こえてきた。
ふっと顔を上げると、「すいませんが横に詰めてもらえますか」と白いコック帽をかぶった亭主が目線を投げかけて来ていた。
旨すぎて、他の客や店の様子など全く見えずにラーメンに向かっていたから、と一番左の席へとどんぶりを両手で抱えながら腰を浮かした。
ポフッ、と席を降ろすと口の中でジンジンするラーメンの旨味達が鼻をくすぐりながら目を閉じさせた。
世にとんこつラーメンは数あれどこれだけの完成度と贅沢さは食べたことがない、という思いが瞑想を駆け巡った。
と同時に、ラーメンも食べ終われば糞になって捻り出されるだけだ。
どんなに旨いものも、どんなに甘美な情欲も・・・
せめて、私の中に残って栄養になってくれれば、という思いは続いて口に入れたキムチの甘さに吹っ飛んだ。
命(めい)一杯ラーメンと格闘して、食べきった。
最後に、胸を天井へ突き上げるように背を反って、両手を広げながら白いどんぶりを頭にかぶらんほどに高々と持ち上げてスープをすすりこんだ。


注記:「命一杯(めいいっぱい)」:造語。 「目一杯(めいっぱい):最高限度まで達していること」+命を懸けて、の意味

執筆者:藤崎 道雪 



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