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「 初詣のような 」
2005年01月01日(土)



地図は古来から征服者の王侯貴族の、そして金を産む物であった。
ショーウインドウの中でそれらしい扱いを受ける眼前の古地図には、所々の切れ目と黒い染みと重厚感が備わっている。
不正確さが分かり情報性を失ったロードス島の在所、広大すぎるアフリカ大陸への恐怖心、新大陸がその命名のままという哀愁が、紫のフェルト地に調和している。
 
仕事熱心だった、やつの唯一の趣味で最も切望した一枚。
子供3人と家事労働と親戚関係と日常生活と、そしてそれぞれに欺瞞と正統を見つけ出した、そのやつの一枚だ。
値段は年収1年半分。
たったそれだけが紡ぎ出せない。
たったそれだけでも己のために使うのは許さなかった。
人に植え付けられた衝動が、雁字搦(がんじがら)めの社会的道徳が、男性的自尊心の脆弱さが、たったそれだけでも受け入れらないようにされてしまった。

やつは、その情報的価値の無い、単なる転売目的の、純粋な愛好心で、その地図を欲しがったのではないのだろう。
最下級の居酒屋で、接待の広間で、師走の晩酌でのネタ話のためだけでもないだろう。
やつは、その古地図だけを切望したのでもないのだ。
やつは、地図そのものを購入しようとしなかった。
やつは、地図という物体すら求めていなかった。
ましてや、ロードス島の巨大な銅像を作り出した戦争後の複雑な心境にすら染まっていなかった。

目の前には、少し橙色がかった白色光がガラスで反射して、中心部が見えにくい羊皮紙の地図が腰の高さに水平に横たわっている。
やつと同じ道を辿(たど)るのか。
それが問題の気がしてきた。
もう1年も見にきていると、気も漫(そぞ)ろになってきた。
何と浅はかな、だが、人生最大の問題の気がしてきたのだった。

執筆者:藤崎 道雪

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