また、2日間の休日がやってきた。
2階の玄関へ、闇がかかるように上がっていく足取りが囁いた。
「また、2日間か。何をしよう。何をしたらいいだろう。」
今度は口が呟いた。
最近流行のゲームは、1週間前に買ったばかりだ。週末は家の掃除を必ずようにしている。日曜日の夜にはバスケの練習がある。時には昼間試合があって1日潰れる。デートには時々連れ出したりする。
続けて脳が動いた。
また、2日間の休日がやってきた。
20年も前の燃え怒るだけの夢想は、金と生活と安定という言葉に摩り替えられ、地方のしがない中で仕事が見つかった。意地だけで突っ張って親に反抗するためだけに造って、結局、1つの作品に数十万というちっぽけな金すら誰にも出して貰えなかった。今ならその数十万は1ヶ月、23日間の勤務で軽々と稼ぎ出してしまう。
「夢を金に置き換えたんだ」と最低に嫌いだった大学時代の貧乏人の臭い奴で、顔も俺より数段いけてない男で、もてなくてオタクな背の低い、耳の大きな一重が言いやがった。
今ならやっと反論できる。
「いや、違うね」と。
「いや、違うね。夢じゃあなくただの意地だ。夢想だ。見てみろ。今の俺を見てみろ。この2日間の休日をどうやって過ごすか。どうやって穴を埋めるか、それに気が重いのだから。TVでもいいんだ。本なんかとっくに読まなくなった。漫画はポンチ絵だ。ラジオは聞きながら何をしていいか分らないから嫌だ。腹が出てきて急な運動もしたくない。つまり新しいスポーツをする気はない。大変だし、料理は後片付けが嫌だし、仕事を奪うのも悪い。掃除はきちんとしているし。そうだ酒を飲もう。腹に贅肉がついたっていい。グルグルと頭が回れば、暇を暇と思わなくなるから。ああ、そうだ酒がいい。煙草だっていいや。この仕事着のスーツについた煙草の臭いは実は良い匂いなんだ。公私のけじめとか難しい副流煙とか、肺気腫になって将来咳き込んで苦しいとかそんなのはどうでもいいんだ。将来なんてない。この、またやってきて永遠にやってくるような2日間の休日は全くもって耐えられないんだから。バスケが出来なくなったっていいじゃないか。もう年だ。もう、いいよ。飛べなくなったし直ぐに筋肉が痛くなるし昔のプレイは出来ないし。」
玄関のドアを開けてから、月曜日の朝に出るまでの2日間、いや、2日半・・・か。
どうやって過ごすかなんだ。
「夢なんてなかったんだよ。幻想に過ぎないのさ。」
「若者が何か幻想すると直ぐに「夢」って一括(ひとくく)りにされて、そんな高尚なもんじゃなかったのさ。今の俺を中年ならではの帰宅拒否症なんて括っちまうのと一緒さ。全く持って幻想なんだよ。」
「そういう奴は、そういう女は、そういう、そう大概の95%以上の俺のようなやつは、他人の心の中なんてどうでもいいのさ。本当の、本当の底の、底の底にあるものはどうでもいいのさ。真実!なんて言葉でオブラートでくるんじまう。どうでもいいんだ。そうやって言葉にして安心するんだから。そうやって目の前の俺に掛ける言葉だとか、どうやって優しく言葉をかけよう、とか、自分の感じた怒りを相手に発するだけだとか、気分じゃないけれど社会的道徳とか自分の基準とかを押し付けてえばったり、親密感を増そうと同情したり、とかそんなもんだ。そんなパターンに入っちまうもんだ。」
「だって俺がそうだもの。」
「だって俺が、俺の中にあるものを探ろうとしなかったもの。」
「高校生?ってだけで夢想を言い張ってた。高校生ってだけで受験だけを押し付けられ、反発しつつも結局、その対立の中から出なかったから。国際交流? オタク? 運動?そんな当たり前の逃げ道だって与えられたものだったもの。自分の中の、底の底にあるものを探らなかったもの。」
「誰だって探っちゃあいないさ。もてるのは楽しかった。漫画も運動も、卒業も旅行も1人暮らしも結婚も出世も仕事も何でもそれなりに楽しかった。周りの人に祝福されたり貶(けな)されたりしたから。何だってそうさ。最近のゲームも他人が開発したもんだ。開発者も会社によって、会社も社会的な要請によって、グルグルグルグルと。専制君主国家だって人民は生かしておかなきゃならない。幾ら嫌でもな。結局気づいてないだけなんだ。」
「性欲も本能で誰にでも与えられたもの。食欲も睡眠欲も名誉欲も、高尚なものを欲するのも芸術も何でも何でも何でも。」
「だから、2日間の休日をどうやって過ごすか。どうやって穴を埋めるか、それに気が重いのだ。休日になれば向かい合わなければならなくなるから。無聊(ぶりょう)なんて楽しめるはずがない。ペチャペチャと感情をかき乱すマシーンが居てくれて、そっちを観て苦しめて大切にして、そうやって他人のために生きればいいんだろうな。他人のために生きるのがいいんだ、あらよく出来た人ね、と周りが言ってくれる。昔の偉い人が仏典が経典が宗教が保証してくれる。これも与えられたものだもの。」
階段のタイルには、鼠色に少しアクアマリンが入っている。それが気に入ったから選んだ。
気がつけばあと、2段しか残ってない。
金属の、スキリ、とした黒いドア。縦長の曇ガラスから家庭が毀(こぼ)れている。
執筆者:藤崎 道雪