桜の季節だけれど 桜は美しすぎてかえって悲しい
若いころはあまり桜の存在を感じなかったけれども ちょうど10年前に桜の存在が悲しいと感じた
息子が浪人をすると決まったし 娘も希望の高校に縁がなくて不本意な高校に入学した 特に娘のことはあまり熱心に塾にも行かせなかったし 高校くらい何とかなると甘い考えをもっていた 公立の二次募集で行くことになった高校は娘には合わなかった 入学式に行く電車の窓から見える桜をみて 私は初めて桜を悲しいと突然感じた それでも満開の桜の下で写した記念の写真はある
4年前の春 その時は老人施設にいた父の最後の花見となった写真もある 桜の木の下で寒そうにお弁当を食べる父はほんとうに老いて見える 施設で花見があるから行きたいと父に言われた時 私は足元が危ないし止めときと言ったら 「わしはもう来年の桜は見れんかもしれんのじゃ・・」 と おこったように言った 私は ハッとして言葉がなかったことを覚えている その言葉とおり、その年の夏の終わりに父は死んでしまった・・
そして 今年も桜の季節が巡ってきたけれど 私には 悲しい思いしかない それでも パート仲間と花見の計画がある 市の山手のほうだから来週でもまだ咲いていてくれるだろう
亡きわれの記憶のために妻を率て(いて) さくらにあそぶさくら寂しと 上田三四二(みよじ)
|