僕は禿げる。(中略)それでも歌を聴いてくれますか?
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2002年10月02日(水) 歌詞のこと

 歌を歌う人の日記である必要がないほどに内容がとっちらかっている気がしたので、今回は前々から書こうと思っていてそれでいて機会を失って、このまま死んだらそれを伝えるためによみがえってきて、すれ違う地下鉄の車両を飛び移ったりロクロを回したりウーピーゴールドバーグが登場したりしてしまうので、浮かばれるために書きます。

 僕の曲を前から愛でてくれている人たちの中では常識となっているようですが、僕の曲には横文字がほとんど出てきません。これは昔感じた疑問が今も残っているからです。それは簡単に言うと「語呂合わせだけの横文字はかっこいいのか」というものでした。

 ハウンドドッグが「OnlyLove胸に」と歌うのが、アルフィーが「メリーアン Won't You Stay For Me」と歌うのが普通だと思っていたある日、急激に滑稽に思えたのは何故なんだろう。今でもその衝撃は余韻を残しています。「黄色い猿」が「黄色い猿」でいようとしているのを見るような、ちょうどB’zを見る様な感覚。

 僕らは尾崎世代と言われます。尾崎豊という人に僕が感情移入しにくかった理由もこの問題なのかもしれません。「シェリー」はだれなのか、そんなにもいとおしい人に「Oh My Little Girl」となぜ言うのか。米軍キャンプの影響なのか?
なんの疑問もなくサビに入ったら英語が垂れ流されるのが当然になっていて、しかもスタジオには作詞のための和英辞典が置かれていたりするくらいみんな英語が話せない。情感溢れんばかりに歌うサビになぜ話せない言葉を?

 「おまえの好きなラジオニクスだってそうじゃないか」というお叱りを受けるかもしれません。実はラジオニクスの太田さんともこの話題は話した事があるんです。太田さんの曲作りはそこも見越しています。しかも彼らの言葉は「絵の具」だ。

 「日本画の世界は偉い人に師事してお墨付きをもらわないと日本画家を名乗ってはいけない」という話しを聞いたことがあります。だから、我流で日本画の画材を使ってどんなに良い絵を描いてもそれは日本画じゃない(この風潮はかなり滑稽ですが…)。だから「お墨付き」を「お客さんの詞への思い入れ」や「歌詞の伝えたい度」だとすれば、例えば太田さんが日本画風な物を描いていたとして、急に気が変わって油絵の具やアクリルを塗り始めても、元々「日本画」という大義を背負ってはいないからいいんです。僕や尾崎(比べると叱られるかも知れないし同じにされたくないけど)は「言いたい事あるぜ組」にくくられる以上、「その辺はきちんと背負って油絵の具混ぜようぜ」って言いたいんですね。

 僕の曲に出てくる唯一の英語として話題にのぼるのが、「例えばさ」の「ワンノブゼム」という部分です。みんな英語が出てくると思ってなかったから何度聴いても聴き取れなかったらしい!
 この「ワンノブゼム」という言葉は小学校か中学校の先生が授業中いつも使っていて意味はわかったけどどう書くのか、何語なのかも知りませんでした。だって彼女は「ワンノブゼム」ってカタカナで言うんだもん。しかも熊本弁に混じって…。
「例えばさ」を作った当時はもう意味も判っていたけど、その頃は釈然としないながらも歌詞に英語を使う事もあったので、一応OKだったんです。今は昔歌っていた曲を歌う時は英語の部分は日本語に換えてるか内容を書き換えるかしているんですが、これは外国語な感じがしなくてそのまま残しました。熊本弁扱い(笑)!

 山作戰のライブに来る方には意外がられますが、僕は邦楽より断然多く洋楽をよく聴きます。その影響もたくさん受けているはずで、実際自分が作った曲の部分で「英語のほうが歌詞の乗りがいいな」と思う事もあります。みんなが聴いてる曲にもあるんです。しかし、そこで英語を乗せてみても、釈然としない事が多い。だってそこだけ英語圏の人に判らせる意味が見出せないんだもん。しかも僕の好きなアーティストたちは自分の話さない言葉をいきなりカタコトで登場させたり(ほとんど※)しないんだもん。好きだから直輸入はなし。直輸入にはセンスが介入する隙間はないし、彼らにも敬意を持ってなんかもらえない黄色い「人まねこざる」だ。
 好きなアーティストに会った時恥ずかしくないようにと杞憂とわかりながら精進する��(高)山なのでした。(今日のわんこ風)

 でも英語を絶対使わない訳じゃないぜ。

注釈
(ほとんど※) クーラシェイカーはしてました。彼らはインドの言葉は多分わからないはず。


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