僕は禿げる。(中略)それでも歌を聴いてくれますか?
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| 2002年10月09日(水) |
死ぬかと思えばいいだろう。「アロンアルファで二重にしようとしてマブタくっついて膨らむ」 |
「独り暮らしの男はみんな馬鹿な事をするもんだ」という話を昔飲んでいるときにした気がする。貧乏で流し台に登って身体を洗い、蛇口で肩に一生もんの傷を負い、「銭湯の何十倍という病院代は払えない」と言って病院へ行かず、化膿して熱を出しさらに高い金額を払ったという奴がいた。しかしこれは生活に迫られてやった事で、正しい馬鹿な事ではない(その後病院へ行かない判断は十分馬鹿だが…)。正しい馬鹿な事とは、デートの前に(身だしなみのつもりか?)陰毛に火をつけ、人毛がどの位燃えるかを知らなかったために股を火傷した奴のような、相対性を失った探究心の暴走を止められなかったやつの事を言うのだろう。ちなみにこいつはその彼女とその日いい塩梅になり、強行突破。痛みに耐えて男になったらしい。僕はこいつがその話しをしてくれた時、「解るよ。うんうん」とうなずき、お礼に取って置きの話「アロンアルファで二重にしようとしてマブタくっついて涙でマブタ膨らむ」を披露。固い握手を交わした。馬鹿同士。
僕の「アロンアルファで二重にしようとしてマブタくっついて涙でマブタ膨らむ」事件の顛末はこうだ。 ある日「アロンアルファは医学用に開発されたもので、カッターなんかで切った傷はアロンアルファでくっつけておくと治る」という話を聞いた僕は、その前に聞いていた「マブタはアイプチ(二重にして貼り付け二重に見せるための糊)で二重にしておくと、癖がついて二重になる」という話と混じって「アロンアルファでくっつければ癖がついて二重」という「名案」が浮かんでしまった。それをその頃の六畳一間、トイレ共同、風呂なしの松原荘二階真中の薄暗い部屋で実行に移した。
アロンアルファを閉じた両方のマブタの上に横一文字に塗りつけ、右目マブタを釘で押した。上手くいった!しかし、次の瞬間! アロンアルファは瞬間接着剤である。大急ぎで何かを蒸発させて乾いていく。何かが蒸発する時、必ずそれは熱を奪う。僕のマブタには薬品の染みる痛みと強烈な冷たさが襲ってきた。僕は右目を閉じてしまった。痛みを感じた時のマブタというのは僕らが考えている以上に閉じた時の接点が深い。僕の右目はアロンアルファが塗られた位置までしっかり下マブタに張り付いた!
窮地に追い込まれた時の鉄則、「迷うな」僕はこれを守れなかった。左眼には、はやまって塗ったアロンアルファがまだ乾かず、塗った直後よりもさらに接着力を増して残っている。「拭くか、二重にしてみるか…」迷った時にはマブタは乾燥とアロンアルファの気化した成分に負けて閉じていった…。 暗闇の中で僕はうなった。恐る恐る目を開ける。…開かない!下マブタが伸びて恐らくとてつもなく不気味な顔になっている事は容易に想像できる。「これは独りで処理せねば…」僕は自分がどんな顔になっているかを想像して思った。「マブタって意外に伸びる物だなあ」とも思った。 独りで処理すると決めた以上、まず僕は「目を閉じた状態でお湯を沸かす」という危険に飛び込まねばならなかった。貧乏な時代である。湯沸し器などついてはいない。ガスさえ通っていないから普段からカセットコンロで煮炊きをしている。手探りでガスコンロを探し、部屋の真ん中の台の上に置くとヤカンに水を入れ、カセットコンロの上に置こうとして異変に気づいた。やけにバランスが悪いのである。ガスコンロを触ってみて納得した。「五徳がない!」コンロの鍋やヤカンを置く支えの部分、「五徳」がなかった。流しの近くにあると考えた僕は立ち上がり、一歩踏み出して手を伸ばした。直後、足の裏に激痛が…。
僕は五徳を踏み出した足で強く踏んでいた。すぐに座ることもできず、中腰でうめく。痛みよりも寂しさで泣いた。正しくは泣く事も出来ず歯を食いしばった。バランスの悪い状態で体重を送り出したもう片方の足が憎かった。 僕はマブタが膨らんでいるのを感じていた。マブタの中にあふれる涙が、いき場を失って圧力を上げていたのだ。眼球がズキズキ痛んだが、それよりもこの状況を笑ってくれる人のないことが痛く感じていたと思う。 僕は踏んだ足を上げ五徳をその足でかき寄せると、カセットコンロに取り付けて火を付けるつまみをひねった。何度かひねり、音で火が付くのを確認すると、こぼさないようにヤカンを乗せた。 ヤカンの中の水がある程度暖まった頃、僕はそのヤカンを持って流しへ行き手探りでその日洗った食器の中からボウルを取り出してその中に暖めたお湯を入れた。ボウルを採る時に皿が上に載っていたらしく、それが流しに落ちて割れた音がしたが、僕は手を止めなかった。 お湯をかけながらマブタを擦ると、固まったアロンアルファがザラっとした。そしてすぐにさっきまでの強力接着が嘘に思えるくらい簡単に右目のマブタの一部が開放された。僕はその時ある景色を思い出していた。 幼い頃によく砂場で山を作り、二人でそれぞれに穴を掘っていった。大きな山を作って何人かで掘った事もある。そして砂山の「地下」でそれぞれの穴をつなげるのだ。山が大きいと、小柄な子は腕をまくりながら肩まで穴に入って掘っていた事もあった。そして何の前触れもなく穴がつながった瞬間、僕らはまだ狭い穴の中指先で相手の存在を確かめるようにお互いの手を指を不器用につまみあった…。その感覚を懐かしく思い出していたのだ。僕はその時、「涙」と共に穴を掘り、アロンアルファを剥がしながら進んだのである。
少しずつ時間をかけて僕はマブタを剥がしていった。ザラザラとしたアロンアルファの塊が少しずつ剥がれ落ちていき、まぶしがりながら視力を取り戻す頃には両目のマブタはかなり赤くひりひりと擦りむいたようになっていた。 鏡を見ると、上のまつ毛が何本も下のマブタについていた。僕は人一倍まつ毛が長い。張り付いたまつ毛はマスカラをつけ損なったオカマの様になっていた。僕は不恰好な自分を、もう夕方の気配のする部屋で笑った。少し低すぎる位置の蛍光灯の紐を引き、まぶしさにとどめを刺して馬鹿な事をした自分を笑い、そこから死にモノ狂いで戻ってきた自分を笑った。
安心したのだろう。僕はやっと自分が空腹である事に気づいた。僕はさっき落ちて割れた皿には目もくれずどんぶりをとると、それに冷蔵庫から生卵を取って割りいれた。その上に醤油を勢い良く注ぎ、一人用のジャーから白飯をよそった。 「いただきます」 あぐらをかいてそれを掻き込みながらさっき五徳を踏んだ足の裏が見えた。土踏まずのあたりに血がにじんでいた。僕はそれに目もくれず残りの卵御飯を掻き込んだ。
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