また帰って来たロンドン日記
(めいぐわんしー台湾日記)

DiaryINDEXpastwill


2004年02月14日(土) 日本人の祖先は中国人である!?

 昨日は友達の台湾人のパーティーによばれた。彼はケンジントン・オリンピアKensington Olympiaというところに住んでいる。ここ、実はアールズ・コートEarl's Courtの駅から緑色で表示されるディストリクト線District Lineの枝線に乗り換え、次の駅。この駅は一駅だけの盲腸線的な路線で、オリンピアの駅は終着駅ということになる。むかしノーザン線Northern Lineの北の終点に降り立ったことがあるが、オリンピアの駅はそんな風情。しかもこの駅ゾーン2なのに改札もなく駅員もいない。

 さてさて、友達は台湾名物の新竹米粉(ビーフン)と魯肉(るーろー)、空心菜(コンシンツァイ)の炒め物、そして、日本人の友達に教わったという茄子の田楽でもてなしてくれた。なかなか楽しかった。

 気がつくと、俺はそこに来ているある台湾人とわけのわからない議論を始めてしまった。彼によると「日本は、秦の時代の皇族が不老長寿の薬を探す途中『はじめて』見つけた場所」であり「その当時そこには誰も住んでいなかった」らしい。(彼曰く、この記載が「呂氏春秋」という文献の中にあるというのだが、時間があればチェックしてみよう。)というわけで「日本人の祖先は中国人であり、その証拠は日本人がいまだに漢字を使っているということだ」という。ふーん、なんかむかしにもこういう話を聞いたことがあるが、こういうことをいう人と話していて面白い議論に発展したことは、残念ながらいまだかつてない。彼が良く使う「歴史」や「民族」などという言葉が、あまりにも無前提に使われてまったく話にならない。ちなみに「中国人はどこから来たのか」と半分冗談で聞いてみたら、あっさりと「北京だ」と答えてきた。意味不明なので、詳しく聞いてみるとどうも「中国人の祖先は『北京原人』だ」ということらしい。きわめてシンプルだ。次回からはこういうプリミティブな話には「日本は何と言われようと『神の国』で、悪いがあなた方とは関係がない」と言い切ってしまいたい。どうせ酒の席などそんなもんだろう。

 俺個人としては、いまの日本人の祖先というのはいろんなところからやって来た人々の混合だと思っている。言葉の方面では日本語は「系統不明」といわれつつも、文法構造的には動詞のあとに目的語を取る中国語よりも、ハングル(韓国・朝鮮語)に近いのは事実だし、モンゴル語にも近いという話も聞いたことがある。



大野晋は著書「日本語はどこからきたのか」の中で、日本語とタミル語との関連を指摘する。なんとも壮大な話だが、非常に面白い。そう言えば、近年一般化してきているいわゆる「縄文人」と「弥生人」の話も面白い。もちろん中国大陸から来た人もいるだろうと当然のように思う。遣隋使派遣以前にはもう、アリューシャンから中国大陸、琉球、東南アジア、大洋州(オセアニア)に到る一大海洋ネットワークがあったという話を思い出す。これは、むかし教育テレビの「NHK市民大学」で講義していた網野善彦の話で、非常に興味深い。


 酒の席とは言え、たいして日本の歴史も知らないくせに日本の歴史を中国の歴史の延長として語り、勝手に包みこんでしまうようなやり方には抵抗があるし、非常に違和感を感じる。(これが中国人に染みついてる、いわゆる中華思想というやつだろうか)。たとえこれが「東洋的な酒飲み文化」の中でかわされた「たわいもない会話」であってもだ。ただ、俺はもっと、この「酒飲み文化」に慣れる必要がある(笑。というのは、日本人や台湾人と酒を飲むとき、少なからぬ人が自分の言動にたいしてあまりに無責任で、それを酒の席だということで正当化する傾向があるということをヨーロッパに住んでいると忘れるということだ。俺はこういうタイプがものすごく嫌い(笑)なのだが、まあ、違う文化の人たちなので文句を言ってもしょうがない。逆に、そういうときの方が相手の本音を聞きやすいぐらいに考えよう。ただ本音が聞けても仕様のない人も多いのが事実で、こういう席ではやはり特に注意して相手を見なくてはいけない。イギリスでは酒のせいにして悪態をついたりするの人は「だめな人」と言うような風潮を感じので、俺はイギリスの酒飲み文化の方が危害を加えられる心配がなく、楽でいい。


 さて、その場に来ていたほかの人たちは「敢えてその話には加わらない」と言う感じ。北京から来ている友達のフラットメイトでさえ「話題を変えよう」という。彼らの反応は正しい(笑。そして、もちろん話は軽く第二次大戦にも及ぶ。


 俺は第二次世界大戦において日本は「有罪である」と思っているが、どういう世界状況の中で日本がなぜそのような政策をとるに至ったのか、また戦略はどうであったのか、どこが正しくどこがまちがっていたのか云々を考えることは別の次元の話だ。戦争に負けると、どうも心理的にそういう思考そのもの悪であるというふうに思いがちだが、諸外国と付きあっていくためにはどのような将来像を思い描くにせよ、必ず必要なことだ。蛇足ながら、もう一つその台湾人の彼の言。「もし第二次大戦がなければ、中国はもっと発展していた」。出来るものなら俺としても是非そうやって欲しかった(笑。


【今日の献立】

ズッキーニとなすび、アスパラガスのシチュー
カボチャの煮付け
黒米・玄米混合ご飯

【一口レッスン】

 ズッキーニはイギリス英語ではcourgetteといい「クジェット」と発音。フランス語も同様。アメリカではzucchiniという。なすびはイギリスではaubergine(オーバジン)が一般的で、フランス語(オーベルジーンヌ)と同じ語。ちなみにアメリカではeggplant(エッグプラント)というとか。

 中国語でなすびは「茄子(チエズ)」で日本語と同じ漢字。ではズッキーニはと調べると「緑皮西葫蘆(リューピー・シーフール)」。葫蘆(hu2lu)とは本来ヒョウタンの意味らしく、ズッキーニは「緑の皮をした西洋のヒョウタン」と言う訳語が当てられている。辞書を引くと「葫蘆裡装的甚麼薬」と言う項があってなかなか面白い。文字通りには「医者が薬入れのヒョウタンの中に入れてあるのはどんな薬だか知らない」と言う意味で、転じて「腹の中にどんな考え、たくらみがあるのか知れたものではない」と言う慣用表現らしい。「不知他葫蘆裡装的甚麼薬」で「あいつは腹の中で何をたくらんでいるかしれたものじゃない」となる。すごく中国語らしい響き。「葫蘆裡賣的甚麼薬」とも同義。


倉田三平 |MAILHomePage

My追加