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2005年10月03日(月) 絶対服従命令…その55/CDドラマ『ダイヤモンド』で徹底検証�Ε�アとエドゥアルトの出会いと恋、その真の意味を知るには…


(「それは服従の証〜エドゥアルトの恋〜」扉絵途中段階><)



エドゥアルト:人が歩む道に、苦しみがない時はないでしょう。これは特別なことではありません・・・。



 これは、エドゥアルトの人気投票での下位コメント。幸いエドゥアルトは上位(10位)だったので、ネット上でこのコメントを見ることはなかったと…。

 しかし泣けた…。
 この文章を今しがた見つけ(記録しておいた)、読んでいて思わず涙がこぼれました。
 人はどれほどの思いで生きているか…人はどれほど、苦悩の中に生きているか。そしてその中でいかに生きていかねばならないか。エドゥアルトの言葉が胸に沁みた。

それで、意を強くした私、また書きに来てしまった、と言うわけです><



 さて、昨日の日記で私は「エドゥアルトにとって一世一代の賭け」と書いたのでした。キアに「エドゥアルト・ウェルニッケを堕落させて、神から引き離して欲しい」と、エドゥアルトは自演自作したわけです。



エドゥアルト:どうにかなりそうだった…あなたに会いたいのに、会うことが出来なくて…だから、僕は自分の運命を賭けてみたんだ。




エドゥアルトの一世一代の賭けとは。

 キアに会いたいという気持ちからエドゥアルトの行動は始まっているのだが、それは単にキアに愛して貰いたいというだけではない。
「果たして、自分は神よりもキアを愛してしまったのだろうか。自分の神への愛は、キアへの愛に勝ることがあるのだろうか」
…それを知るにはどうしたらいいか。
それがエドゥアルトの一世一代の賭け、なのである。


 エドゥアルトはこの恋の、真の意味を知ろうとした…それが私の解釈です。


まさに、キアは、エドゥアルトに与えられた神の試練だった。
しかし。
神の試練とは、すなわち神の愛、です。
つまり、キアは神の愛、です。
「愛する者に神は試練を与えられる」とは、キリスト教の教えではよく聞かれる。また、神は決して越えられないような試練を与えたりはなさらない。
神がエドゥアルトに与えたこの愛には、どんな意味があったのだろうか。


…実は、それが、私が今必死で考えながら描いている、キアとエドゥアルトの真実の愛の物語(あ、何か重い><)であるわけです。



ここで、キアについて考えてみたいと思います。キアと神、について。

 キアの神への思いは、実は裏返しである。キアは神など信じない、と言うが、心の奥底では実は畏れている。「愛憎」という言葉は対極のようだがそうではない、「可愛さ余って憎さ100倍」という言い方がある、キアの神への思いはまさにそれだ。

 キアには、信頼していた神に裏切られたと言う思いが強くある。
「自分の愛する人をことごとく神は奪っていく」
その思いから、キアは相手に「愛している」という言葉を告げられなくなってしまっている。その時また神が自分の愛する人を奪っていくかもしれない。キアには神に対するそういう思いがある。
 背理法的に考えると、神を畏れていないならば、逆に誰にでも「愛している」とキアには言えるはずなのだ。
だから、やはりキアは神を畏れている、ということになるのである。



このキアが、エドゥアルトにとって悪魔などであるはずが無い。
(そう考えなければ、神の愛の話は出来ない)


 むしろ、神はキアを選んで、信仰に惑うエドゥアルトの前に置いた。エドゥアルトを選んで、愛の言葉を失っているキアの前に置いたのだ、そう考える。
 神の愛を見出せないエドゥアルトにキアは「俺が神よりも愛してやる」と言った。キアにそう言わせたのはエドゥアルトである。そして、二人を出会わせたのは、神である。それが、神の愛だ。神がこの二人を引き合わせたのである。


つまり、二人にとって、お互いが共に「神の愛」である。


 この愛が神から出たものである、と解釈しなければ、「愛する者と信じる者」は、永遠に同一線上に並ぶことは無い。しかし、エドゥアルトもキアも、神を畏れる者、である。キアか神か、ではない。キアの心の奥深くに眠っている神への思いから、たどっていけるはずである。


…だから、キアは神に勝った、という物語の結論ではだめで、Aランクのシナリオでは納得がいかないのである。
 キアとエドゥアルトは、神に繋がっていなければ、この出会いの真実の意味も見出せない(ひとつ間違えば、「自分の命の次に大事なものを差し出す贖罪」シナリオになってしまったりするのだ)。

 エドゥアルト自身が真に解放されるには、キアは神が自分に下さった宝である、と知らねばならない、しかしそうなると、キア自身が自分の心の奥底にある神への畏れ、神の存在に絶対気づかねばならない。その方法しか、神とキアを並べることは絶対に出来ないような気がする。
 エドゥアルトの信仰は、実はキアの中にもある神への畏れと同じだ。そのことにキアに気づかせなければ、BランクからAランクへの大どんでん返しは絶対に無理だと思う。

 お互いは神の愛から出会ったと知ることが絶対に必要で、そして、そのためには大いにエドゥアルトは悩まねばならない。






(ああ、激しい…><)

 寝床で荒々しく攻め立てられ、尚もキアを激しく求めるエドゥアルト、神を忘れようとしても忘れられない、そして目の前のキアにしがみつく…。非常に激しい二人の愛のシーンである。



 このBランクシナリオから神の愛への気づき。そこからAランクに至って今回のCDドラマ、と繋がっていかないかと、考えているわけで…。



 ええい、もっかいゲームやって、CDドラマ聞いてきますっ(つか、毎日聞いてるって)。


まだまだ続きますー。


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