カンラン
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お昼ごろより、みぞれ。 こんなん何てことないやと甘く見ていたら、みるみるうちにものすごい勢いで降り出し、そのうち完全に雪に変わり、夕方には窓の外が真っ白になった。テレビを見ていても、ついつい外の様子に目を奪われる。
そんなわけで道路は大渋滞となり、つちのこ氏はへとへとで帰ってきた。 市内に入ってからバスが全然動かなかったらしい。
いつもと違う様子に手順が狂ったのか、夕飯時に作っていたおかずを一品食卓に出すのを忘れてしまった。(冷蔵庫に入れっぱなし)
私はそれに気づかずさっさとご飯を済ませ、ぴのきを寝かしつけている最中にようやく思い出した。
お風呂あがりほやほやのつちのこ氏に 「ごめん。おかずひとつ出すの忘れてた」 と報告したところ、 「なんか食卓がさみしいと思った」 と言われへこむ。 そんなさみしい食卓を見てもなんの疑問も抱かなかった自分が不思議で仕方ない。
『東京タワー』を観る。(昨夜) 樹木希林と内田也哉子親子が好きなので。 親子でひとりの女性を演じているのが、すごく自然であり不思議であり。さらりといきそうになって、「おおっ、今、切り替わったのか」と軽く前のめる。
背筋をのばして、でん、としていたい。でん、と。
私は泣いたり感情の起伏が激しいからなあ、と思っていたら、手持ちの対談集で内田也哉子も自分のことを「熱い」と言っていてちょっと意外に感じた。でも、やはり母上(樹木希林)は、でん、とされているらしい。
『東京タワー』。 こどもを持って観ると二度泣ける作品。 昨日はぴのきの母として涙があふれ、今日は母の子として泣いた。
けれども、全身ピンク(靴下も)とか全身紫コーディネートのオダジョーを思い出して、ちょっとひく。 あれはオダジョーだからなのか? それともリリーフランキーだから? と言うよりアートな人のイメージか?
と思っていたら、オダジョーが樹木希林の手をひいて横断歩道を渡るシーンがよみがえり(このときは単色コーデではない)、ふたたび泣く。
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