森岡万貴 徒然記 (黒いブログ)
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2002年07月12日(金) 徒然なるN.Y.紀行(8) 懺悔

はっきり言って、全然寝ていない。
眠れないのだ。自分でも信じられないくらい。

ニューヨークに来て、まともに睡眠が出来たのは1日だけだった。
神経が立っていて、ほんのかすかな物音にも起きてしまう。
悪いことに、しかも相部屋だった。

森岡万貴は日本では、携帯アラームのみで起きているのですが、ニューヨークには持って行かなかったのね。使えないし。
で、小さなトラベル・クロックのアラームを目覚ましにしていたのです。
これがまた、とても控えめな音しか出ない大和撫子な代物で。

ニューヨークに仕事をしにやってきて、遅刻なんて死んでも出来ません。
「この小さな音で絶対起きなきゃ!」
と思って気合いを入れてベッドに入っていたので、それ以上のデシベルの物音すべてに反応するようになっちゃったらしく、遠くのエレベーターのチャイムとか、悪気のないルームメイトの生活音なんかにイチイチ反応して、殆ど眠りに落ちることなく朝を向かえる日が続くようになりました。

昨日くらいから、身体がやっぱりおかしいな、と感じるようになり、今日こそは眠らなきゃ!と焦るストレスでますます眠れない、という悪循環になってきました。

自分がこんなに神経過敏になるなんて、予想もしなかった。

初日が開いてからのキャスト・ミュージシャンの入り時間は、夕方。
それまで観光をするもショーを観に行くも本人の自由だったので、みんなそれぞれのペースでニューヨークを満喫していました。

私は昨日は、フルーティストのnahoの家にお邪魔することになっていて、とても楽しみにしていました。ところが先述のとおり、全く眠れぬままグッタリ疲れて朝を向かえ、行こうか行くまいか、かなり悩んだんですが、結局行くことにしたんです。

身体が疲れ切っているにもかかわらず、昨日の本番ではとても手応えのある内容の仕事ができたので、私は自分の力を過信していたんだと思う。

今日は朝から1人で、1日中メトロポリタン美術館を巡る計画でした。
メトは、私が今回のニューヨークツアーで最も楽しみにしていたプランです。他に何が出来なくとも、ここだけは行こうと思っていたんです。

で、相変わらず一睡も出来ぬまま起床。起きてみて、頭はボーッとするし、クラクラするし、食欲は無いし、目は霞むし、明らかにこれはヤバイと感じました。
・・・本番まで静かに休んでなさい・・・・というお告げが何処からともなく、、。
行くべきじゃない、とは確かに思った。疲労のピークがきている。
でもでも、せっかくニューヨークに来て、メトだけは何が何でも、、、、

ここで私は、プロにあるまじき間違いを犯してしまいました。

メトでのお話は後日ゆっくりするとして、、、結局私は、フラフラしながら一人でメトに歩いていき、朝から夕方まで広大なメトの中を、ろくすっぽ何も食べずに歩き廻って、セントラルパークを歩いて横断してエイブリーフィッシャーに入り、全く休養せずに本番を迎えたのでした。

1人で行動していたため朝からずっと緊張していたので、会場入りして見慣れた人々に囲まれた途端、張りつめていたものが緩んでしまったのでしょう、こともあろうか、身体も精神も、本番中に全くコントロールが効かなくなってしまったのです。

目が霞む、手は震える、まっすぐ立っていることすら難しい状況になり、それでも次々と重要なソロが迫ってくる。
昨日まで何も考えなくてもキマッていた事が、ことごとく出来ない。思ったところへ手が降りない。ミスタッチはする、指揮に付けられない、、、もう音を出す行為自体が恐ろしくなっていました。

こんなこと、何年もパーカッションをやってきて、初めてだ。
怖くて打てないなんて。。。自分の手が全く言うことをきかない。

やぐらから見下ろす会場が、昨日までと全く違う景色に見えました。ここで自信を持って演奏していたなんて信じられない、同じ自分だろうか?とさえ思いました。

やっぱり休んでおくべきだった。自責の念に駆られました。
何とか立て直さなきゃ、と気持ちは焦っても、身体は全く言うことを聞かない。私の異変が飛び火して、他のミュージシャンの方もミスを連発する結果になってしまいました。

泣きたくても、涙も出ませんでした。
私が高慢だった。昨日と同じように、疲れていても出来ると思っていたんです。
一期一会のニューヨークのお客様の前で、こんな納得のいかない演奏をしてしまうなんて。自分が許せませんでした。

ボロボロのまま1幕が終わりました。腰が抜けて、しばらくその場にうずくまっていました。
このまま引きずって2幕をやる訳にはいかない。なんとかしなきゃ。
でも、20分のブレイクでも震えが止まらず、自分で頬を殴りまくっても感覚は殆どなく、本番中に倒れてしまったらどうしよう、という不安と心細さで内蔵がつぶれそうでした。

本番中に私が倒れるというのは、どういうことか。
舞台が壊れてしまう。これはおごりではなく、ほんとに「木」が無いと芝居が進まない部分が何ヶ所もあるのだ。その重要なパートを受け持つ者が倒れたら、どれだけの迷惑が掛かるか、ちょっと想像するだけでも恐ろしい。本番中に気絶することだけは、死んでもやっちゃ駄目だ。何が何でも自分の力で立っていないと。

やぐらに登る階段の下で、

誰でもいいから、骨が折れるくらいキツく抱きしめてください
誰でもいいから、あざになるくらい強く殴ってください

ほんとにそう思ったんです。それくらいこの時の私は、神経伝達経路が麻痺していたようです。

2幕は、なんとか持ち直して、大きな事故なく終わりました。
カーテンコールでミュージシャンにサスが当たった瞬間、私は前を見ることができませんでした。

鬱ぎ込んでいる私に「どうしたの?何かあった?」と声をかけてくれる役者さん達。演奏が良くなかったことには、不思議なくらい誰も気付いていなかった。
私の今日の演奏は、実際には昨日とそんなに変わらないのかも知れない。
出すべき音は全部出ていたし、芝居に影響を与えるミスはしていない。
でも、今日の演奏、私じゃない。
ベストの状態で本番が出来なかったのは、自分を過信していた私の甘えです。
遊びにきてるんじゃない、仕事にきている、私はプロなのに。

今日の本番は、一生戻ってこない。

指揮者をはじめ、ミュージシャンの方に謝罪して、明日の本番前の予定をキャンセルし、ホテルに戻りました。


maki morioka |HomePage

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