ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ

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2002年04月23日(火) 企画小説第二段。
第二段。テーマは「自分を不幸だと思い込んで自意識過剰になっちゃってる人の話」




 大掃除、というものをやるとなると、大抵、てきぱきとこなし夜半には紅茶なぞをのみ、ああ疲れたしかし充実していた、などと思う人間と、引出しを開けた際に昔のものが見つかり、ああ手紙だわあアルバムだ、などと時間を無駄に使い、気付けば夜遅く、また明日やらねば、と思うような人間に、だいたい分けられる。リョウナは、間違いなく後者である。今現在彼女は、新学期も始まって半月たち、だいぶ落ち着いてきたことも理由となって、自分の部屋の大掃除をしているのだけれど。彼女は見つけてしまった。それは小さい頃に友人たちから貰った手紙の束である。少しだけ少しだけ、と云って、彼女は読み始めた。ところが、はまってしまった。抜け出せない。気付けばもう夕方六時半。
 ああ、あたしっていっつもこうなんだわ、と思い、リョウナはため息を大げさについた。あたしって不幸、というのがリョウナが日々縋っているたった一つのキーワードである。あたしって不幸、ならびに不遇。そう思うことでリョウナは自分を特別化し、それでどうにかこうにか生きているのである。
 このときはまだ、人生、楽しかったな。
 ドラマの主人公のように白々しく独りごとを云う。子供郵便局といって、彼女の学校では生活科で郵便について学習した児童が校内で手紙配達を請け負う、というイベントがあった。そのときにきた手紙が束になっている。
「こんにちは。りょうなちゃん、お元気ですか。
 わたしは元気です。今日のきゅうしょくはカレーでした。やったあ。
 それでは、さようなら
 エリコ」
 そんな手紙が見つかった。エリコ、というのは小学校のときからの親友である。
 リョウナは急に過去の自分に嫉妬した。このころは、給食がカレーなぐらいでうれしかった。このころは今みたく、エリコとギクシャクしてなかった。
 エリコとリョウナは、最近、なんとなく避けあっている。小さい頃からお互いを知り尽くした二人は、なんとなくなんとなく、そんなのってバカだよなあ、などと思って、さけあっている。今日も勇気を出してエリコに話し掛けたリョウナを、エリコは、海藻の間を魚がすり抜けるように受け流した。
 そうして、リョウナのなかの、あたしって不幸、という気持ちがむくむくと膨れ上がってきたのである。


 もう一通、手紙が出てきた。今度はちゃんとした郵便で、消印によると、四年前、十歳の時のものである。これもやはりエリコから。

「絶交しましょう。もう、大嫌い
 エリコ」
 とだけ、さっきよりはやや大人っぽくなった字で、書いてある。
 あ、とリョウナは思わず云った。なんだか今の状況みたい。このときはどうやって仲直りしたんだっけ。始まりは確か些細なことだった。そうだこのときはあたしが謝って謝って謝って、許してもらったんだ。どうしよう、謝ろうかな。
 けれど、リョウナの中にはまだ、不幸でいるのもいいわ、などという甘ったれた感情が残っていた。リョウナにとっての不幸というのは、子供のときに憬れていたブラックコーヒーのような苦く、熱く黒く、かすかに甘味のするようなものなのだ。けれど周囲の人々、特に最近のエリコにとって、リョウナの不幸は、最近はもう飲みなれた、クッキーを食べたあとの油が浮いた、冷めたインスタントコーヒーのようなものなのだ。その周囲とのずれもまた、リョウナにとっては「不幸」だった。
 あーあ、あたしって不幸。と、声に出してリョウナは云ってみた。あまり上手くいかなかった。もう一度云ってみた。あーあ、あたしって不幸。今度はすごく上手に云えた。満足なような、本当の悲しみのような、不思議な気持ちが、リョウナを包んだ。と、フローリングががたがたとなった。メールが来て、携帯が震えたのだ。折りたたみの携帯をあけ、中を見る。エリコからだった。
「今日はなんか無視しちゃってごめんね。
 明日、帰りカラオケいこ」
 急に胸の中が破裂しそうになった。あたたかい、煎れたてのコーヒーの匂いのようなものが充満していく。
 リョウナはまた台詞を云った。




 なんだ、あたし、幸福じゃん。


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