ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ

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2002年04月25日(木) テーマ小説第四段
テーマ「蜘蛛」

 僕は今病的に片付け尽くされた部屋の角のところで何をするでもなくたたずんでいる。この部屋の持ち主ユーリはまだ帰らない。ユーリはいい娘だ。僕がいるってことに気付く。ただ、すこし、他の人に自分の陥っている状況を知らせるのが下手なだけ。
 あ、ユーリが帰ってきた。なんだか顔をしかめているように見える。眉間に皺を寄せるユーリはマリアさまのようだよ。キリスト教はよくわからぬけれど。
「ねぇ、聞いて」
 ユーリが首を傾け片足でぴょんぴょんと跳ぶ。プールのあとにするように。
「なんだか耳のなかに何かいるみたいなの」
 耳掻きを鏡台からとって耳掃除をする。
「また蜘蛛がいるんだ」
 ユーリは泣き出した。僕はその涙を爪を引っ込めてぬぐってあげた。この間も、ユーリの耳の中に蜘蛛が入った。ユーリは両親に助けを求め、両親は耳鼻科に彼女を連れて行ったのだけれど、なにも発見できません、と行って眼鏡の医師は首を傾げて、涙するユーリをほっぽってしまった。僕たちは家に帰ってからいろいろな事をした。蝶々を僕が捕まえてきて、ユーリの周りを飛ばせると、蜘蛛ははっと飛び出して、蝶々をさらってどこかに消えた。
 けれどユーリのなかの嫌な気持ちは消えなかった。そして、それはユーリのパパとママも一緒だった。精神病院、精神鑑定、遺伝子。そんな嫌な言葉の並ぶひそひそ話を僕は二人の口から何度となく聞いた。いや、それは盗みぎき、というのかもしれない。だって彼らは僕の存在に気付かないから。
 ユーリは勘の良い子だ。すぐに察して大粒の涙をこぼしながら僕に、あたしおかしくない、と、幾度となく訴えた。僕は勿論知っている。だけど、それを上手にはいえない。
「ユーリ、僕、蝶々を捕まえてくる」
 そう?とユーリは泣き止んだ。
 僕は窓から飛び降りて、蝶々を探しに行った。春なんだか夏なんだかそれともよくわからない空気が僕を取り巻いた。ビルの間から女が飛び降りた。その女から飛び出す飛沫は真っ赤な蝶々だった。僕はそれを捕まえて、ユーリの部屋に持って帰った。ユーリは死んだ女にそっくりな目で僕をみた。
「つかまえてきてくれた?本当に?嘘でない?」
 嘘じゃないさ。僕は蝶々を飛ばした。本当に美しい蝶だ。
 と、ユーリの耳の中から、なにか出てきた。蜘蛛ではない。黒い煙のようなものだ。
「なにこれ、気味が悪い」
 ユーリが発した「気味」という言葉が、「君」に聞こえた。僕は本当にどうしようもない。
 黒い煙は渦をまいて、次々と出てきて、窓の外に消えていった。蝶々も一緒に。
「なんだか、体が軽い。どうしてだろう。なにかあったのかしら」
 そういったユーリの目は、僕なんかみちゃいなかった。さっきまでとは違う。僕はそういうの、すごく鋭い。すごく。すごく。
 ユーリは僕を蹴飛ばして、パパとママのいる部屋に向かった。


 そしてさっきの蝶のような真っ赤な夕日が暮れていく。


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