ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ

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2002年04月26日(金) 企画小説第五段
テーマ「安部公房の『プルートーのわな』を読んでなんか書け」





 しかめっ面で、口だけにたにたと笑っているよくわからない男が、これを読め、と云って、ずい、と、本を突き出した。
 わたしはさささと読んで、男につき返した。
「どう思いましたか?」
 男は聞いた。
 別に。どうも。あぁそうですかって感じ。
「そっかぁ、これならうまくゆくと思ったのですが」
 そういってすごすごと去っていく、背の低い男の後姿を、わたしはみつめていた。


 次の人が、わたしの前に来る。
「これならどう?」
 さっきの男と同じ本。ふざけるな。
「ぷ、ぷ、ぷ、プルートーのわな、という本だよ。か、か、考えさせ、ら、ら、れ、るから。ど、どう、ぞ、読んで、く、く、く、くだ、さい」
 それ、さっき読んだから、と、突っぱねる。
「も、も、もういちど、読めば、違った感想が、でて、くる、と、思い、ます、よ」
 いや、いいよ。

 どうしてわたしがさっきからこんなにいろんな男のもってくる本を読んでいるか、君に説明しよう。
 それはわたしが皇女だから。
 ディーラ・メーラ・レシュポン国の第三子、レジーラ姫。はっきり言って、こんな身分、バカバカしいってことぐらいわかってる。
 なんだって、ジャポンとかいう東洋の国の人間が書いたよくわかんないお話を読まなきゃならないのか。それはようするに、わたしがバカだから。
 わたしがバカだから、知性をつけ、そしてゆくゆくは結婚するため。
 うちの国はどうも変な国で、結婚の際に、詩か小説を朗読しあう、っていう謎の風習があって、それで使う小説、あるいは詩を、公募してあるのだ。そうして賞金目当ての生活の苦しい自称文学を解する者が、わたしの玉座の前に列を作り、目をぎらぎらさせている。
 と、次の男の番がやってきた。
 ふうわりとした髪のとても美しい青年だった。わたしは、今度結婚する予定である大金持ちのことをふっと忘れ、その青年に見入った。

「皇女様、わたくしは、自分の作った詩を、差し上げます。
『愛してる
愛してる
そこにいて
それだけでいい
愛の歌歌ってよ
その声でうたって
あなたの歌
わたしへの歌

愛してる
愛してる
そばにいて
ずっとずっと
そこにいて』
 陳腐なものだ。けれど、その詩を読み上げた青年の声は朗々として、あまりに美しかった。そしてその詩を読み上げているときの瞳。星空みたい、そんなバカみたいな比喩がごくごく自然に飛び出す。これは、恋、だ。いや、違うかもしれない。だけれど、恋にすごく似ている。初めて海辺の空気を胸いっぱいにすいこんだときにも似ている。もうだめ。とめられない。
 父さま、と、わたしが呼びかけると、父王がこちらを向いた。
「わたし、この詩に、きめました。そしてこの詩は、あの婚約者以外との結婚式で、読み上げたいのです」
 ふと、青年の目の色が変わった。いけない。わたしの声は、すごく、なんていうか、そう、綺麗なのだ。自負している。澄み渡る湖のほとりの木々の風にゆれる音のようだ、と、詩人があらわしたほど。
 目と目が合う。
 見詰め合う。そんなことで、胸が高鳴る。
 父王が、言う。
「それはどういうことだ?」
 それは、その、つまり、婚約破棄を。むしろ、皇女の地位なんて捨てちゃいたいなあ、なんて。
「それはならぬ」
 当たり前よね。逆らえるわけなんてない。だって父さまはこの小さな国の王様なんだもの。
 わたしは当たり前のように諦め、初恋に別れを告げた。
 さようなら。でもその詩を使うから、結婚式には出席してもらえる。
 さらって、くれないかなあ。


 けれど彼はわたしを当日さらってはくれなかった。
 明日から、旅にでるのだと、言う。
 そう、とわたしは精一杯美しい声で返答した。そうだよ、と、彼は響き渡る声で言った。

 さようなら。

















 これが、母さまの、秘密のお話。
 いい?一つだけ言っておくわ。
 あなたは、好きな人と結婚しなさい。

「はい、母さま」
 かわいい娘が言った。
 今日、わが国の、王制が崩壊しました。
 あのとき旅に出た彼は、詩人として、有名になりました。
 これがわたしの胸のうちに残るたった一つの、真実のお話。





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