僕は禿げる。(中略)それでも歌を聴いてくれますか?
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2003年02月21日(金) 無力化「おなごば土俵さん上げるな」〜肥後もっこす東京支部〜

 大阪の知事が毎年大相撲春場所の優勝力士に土俵上で知事賞を授与できるかが、多少の話題になるが、僕は九州男児が例えこれ以上の誤解を受けたとしても断固反対する。なぜか?女性が土俵に上がるかどうか、そんなの男女平等となんも関係ないから。
 相撲を女性がマワシひとつで取らない以上、女が土俵に上がる筋合いはない。それは女湯に僕が入らないのと同じくらいない。

 昔、漁船には女の人は乗せて貰えなかった。しかし、今では沢山の女性が船で働く。以外かもしれないが、僕はそれに不満はない。なぜかと言うとそこで役割があるからだ。海の神は女性で女が船に乗るとやきもちを焼くらしいが、補って余りあるメリットがあって、初めて言い伝えや信仰を解釈の違いで無力化してやろうという気も起きるってもんだ。日本人はそのへん得意なんですよね。憲法に解釈が存在する時点で凄く民意が勝ってて、憲法の無力化は合理の前に完了していたりする。

 もし、太田知事が土俵に上がる事に美味しさを感じる民意があれば、いつでもその慣習を無力化する用意があるはずだ。ただ、あの知事が、朝昇龍と取り組んで見せるとも思えないし。
 おなごは土俵さん上がらんちゃよか。いらんこつせんどきなっせ。



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2003年02月19日(水) マゾのヒンズースクワット

 以前、誰だったか忘れた男女二人に「君は本当はマゾ的な部分を持っているのだ」と明け方まで酒を飲みながら諭された事があった。そんなに否定しなかったが、「なぜマゾ的か」を多角的に、あらゆる例えや、強引な事例をそろえてディアゴスティーニから発売されそうな勢いで言い渡され、なんだか悔しくて頑張って反論したが、元々そんなに否定する気もないし最後は言い負かされるようなかたちで話が終わった気がする。しかも誰だったか覚えていないのはなぜだろう…。

 僕はたまに筋力トレーニングをする。やらないと声が出なくなるからだ。和田アキコを見れば判るだろう。飲み歩き、バラエティーばかりをやっていたら筋力低下による音程制御力の劣化は必ず起きる。ビブラートと取りにくい音のしゃくりあげは、音程を取れない物の技だ。これをやる物は大半精進が足りないと考えて良いし、認めないにしても、本人はこの事を気付いている。こんな目で日本の音楽界を見渡すとかなりの方々の正体がわかるので面白い。

 さて、バラエティーはやらないが、いつも飲んでばかりいる以上筋トレやボイストレーニングをやらないと和田アキコになってしまうので筋トレをやる僕だが、一番好きなトレーニングはヒンズースクワットだ。なぜ好きなのかと言われてもきちんと答えにくいが、魅力を頑張って言えばトレーニングの中で最も頑張りさえすれば続けられるイメージの運動だと思う点と、やりながら考え事が出来る点だろう。この感覚はマゾ的だと自分で思う。というより、自己鍛錬はマゾにしか出来ないのだ。関係ないことを言えば、武士道は自己鍛錬の美学の道という一面を持つから、そこに純粋なサドは存在し得ない。サド気質な物は水戸黄門でも必ず悪代官なのだ。

 僕はヒンズースクワットを限界までやった事がない。やれるだけやってしまうと次の日歌えないのは愚か、移動が出来なくなるからだ。これは困る。チョコチョコとタクシーで移動する訳にもいかないので、ヒンズースクワットを思う存分やるのは将来の夢に取っておく事にした。次の日に何の予定も入れないでいられる立場に立ったらひとりモクモクとヒンズー教の方が驚くぐらいやってやろうと思うのだ。そして沢山やれるようになったら、僕をマゾに認定した人と一緒にヒンズースクワットをやり、先にやめた方が飲むという様な飲み会をやりたい。最後に笑うマゾはサドなのだ。
 僕をマゾだと説得した二人を思い出さなければ…。


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2003年02月18日(火) お菓子と酒 (肥後もっこす東京支部)

 女の子にはお菓子が好きな人が多い様だ。山嵜はお菓子より酒の人だが、女の子がよく新登場したお菓子の情報を知って「買わなきゃ…」と言っているのを見かけるし、(なぜ「買いたい」でなく「買わなきゃ」という義務なのかが毎回争点となる)昔コンビニで働いていた時、午後三時頃には会社を抜け出して来たと思しきOLの大群が押し寄せ、時には昼食時さながらの混雑を巻き起こす事もあった。その辺を上手く狙ってグリコなどはポッキーの味のバリエーションを使いまわし、「新作」や「季節限定」を連発して購買意欲を刺激しているのだろう。

 先日女性のお菓子好きについて酒飲み同士で話し、終始「理解に苦しむな」「愚かしい」と言い合い、結局「女特有の愚かな本能」という様な乱暴なまとめで話が終わった。

 昔つき合った女性が普段からダイエットの本ばかり買っていて、「痩せなきゃ」が口癖だったのに、自分のカバンに必ずチョコレートが入っていることを隠しもしないのがなぜか大変不愉快で、この矛盾をとてつもない激しさで追究したことがあった。若かった。青かった。今では女性の矛盾こそがいとおしい位なのに。「矛盾こそ女性」と思うことすらある。年をとるという事は絶望する事と同義語の様に感じていたのに、年をとるという事は実は人生の味わいを多様に味わい分けられる様になる事でもあったのだ。

 最近プリン体(細胞の核に含まれる物質で痛風の原因になる)90%OFFという発泡酒、麒麟「α」というのが出た。痛風でもないのに山嵜が飲みたがり、僕も「飲まなきゃな」と言っていた。

 甘党でも辛党でも、愚かな奴は愚かなのであった。



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2003年02月17日(月) 武多の下品な連載(肥後もっこす東京支部)

 武多が検便の話を書いているが、アレを読んで「大分という所は本当に田舎なんだなあ」と思った。田舎が悪いという意味ではない。不便で大変だなあと言いたいのだ。なぜなら僕よりもかなり若いはずの武多の検便の方法が熊本の、しかも我々の世代のものよりも遅れているのだから…。

 僕と武多は九歳位年が違う。しかし僕は一度も検便で自分の糞を持っていった事がない。なんだかヤブにらみの様な目つきの天使がプリントされた袋に入った射的の的の様な柄のセロファンを、朝一番でお尻に貼り付ける行為を二日間だったか繰り返し、学校へ持って行くだけだった。

 アメリカでシーモンキーの博士号を取った(?)クッシー博士は東京レトロ文化大学というサイトで「検便では、蟯虫の卵を発見することは難しい。腸内で交尾した後、メスの蟯虫は肛門へ下り、そこで産卵する。便の中には蟯虫の卵はいないのだ。 そのため、肛門周囲に虫卵が付着していないかどうか、ポキール(ぎょうちゅう検査のセロファンの名称になっているけど、実際はぎょうちゅう駆除剤の名前)のようなセロテープをお尻に当てる方法が開発されたのだ」と書いている。

 ところで皆さんはご存知だろうか?このクッシー博士サイトでも書かれているが、僕らがやっていたあのぎょうちゅう検査のセロファンは、ぎょうちゅう駆除剤「ポキール」のおまけで、「ポキール」の会社の人が、ぎょうちゅうを持っている子を発見しその薬を売り込むための作戰だった様なのだ。ひとつ間違えばプロジェクトXでやりそうな成功秘話だと思うが、ぎょうちゅうも絶滅が危惧される位少ない様なので、この会社が大変心配である(ちなみに僕がプロジェクトXの名前を初めて耳にしたのは山手線の中だった。サラリーマンの会話に出てきたのだが、ジャッキーチェンの新作か何かだと思った覚えがある。ものすごく高い所から飛び降りそうな気がしたのを覚えている)。

 大分は、または武多がいた村は、この会社の人が営業に行こうとすると関所で止められて殺されたりしたという。大変閉鎖的で、他の九州の言葉と大分弁が違っているのもうなずける。武多の村ではぎょうちゅう駆除剤が手に入らないため、現在でもぎょうちゅうに悩まされる人多数、駆除剤は高値で闇取引きされ、暴力団の資金源になっている。

 日本からぎょうちゅうが絶滅したとしても、ぎょうちゅうは過去の物ではない。大分には、いや、武多の村には沢山のぎょうちゅうがいるのだから。


 ぎょうちゅうの症状は「肛門のかゆみが主体。そのため眠りが浅くなる、落ち着きがない、あきっぽいなどの症状のみられることもある」という。

…そういえば武多の飽きっぽさは天下一品だったな。 某日記サイトの投票ボタンらしいです。怪しくないです。


2003年02月05日(水) 新コーナー「ぼくの好きな家頁〜無 限 回 廊〜」

 今日から僕の見つけた、または誰かに教わった家頁を紹介する「ぼくの好きな家頁」をはじめる事にしました。

 まず第一回目。今日紹介するのは「無 限 回 廊」。ネットにお詳しい方は皆さん知っているサイトかも知れませんが、筆者が関心を持った「殺人事件」「傷害致死」「過失致死」「自殺幇助」を、語弊を恐れず言うと「力強く」描いています。

 僕は好きなサイトがどこでも見られる様にYahooのブックマークというものに登録していますが、それの紹介文には「哀しくも気持ち悪い…」と書いています。このサイトには筆者の誠実さと異常さが同居している。そこがすばらしいと思うんです。

 現代の殺人には情が極めて少なく、薄い物が多いとよく言われます。今時敵討ちのために何年も修行を重ねる者も皆無、そこまで極端ではないにしろ、人を殺す情念の様な物がそこに無いと、殺人者はドラマを創れないんです。最近「桶川ストーカー殺人事件」がドラマになってましたが、あの事件には殺人者の情念も時間もないんですね。だからあのドラマはそれを捜査するフライデーの記者の「人間」を中心にしたドラマになってました。人となりが現われていない殺人なんて愚の骨頂ですからね。


 アンダーグラウンドな物がその分をわきまえている事の美しさ、それは昔、確かバクシーシ山下氏(違う人かも)がおっしゃっていた「アンダーグラウンドでなくなったアダルトビデオに価値はない」という発言と奥のほうで通じると思います。このサイトの作者(たち?)の正常であろうとする努力が、開き直った「異常ぶった奴ら」の価値のなさを露呈していく事を願いつつ、第一回の「ぼくの好きな家頁」で扱ってみました。



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2003年02月03日(月) バイオハザードと過去の記憶(僕はげ)

 おかげ様で麦酒を飲みたくなるくらいに回復いたしました。二日間、麦酒を飲みたいと思わない日が続き、「もう駄目かも」と思いましたが、一安心です(なにがでしょう)。

 午前中病院で「インフルエンザっぽいので検査します」と言われ鼻の穴に綿棒を突っ込まれ「いっ!いっ!」と加藤茶の様になりました。検査の結果を待つ間マスクをさせられました。自分の出した湿気で鼻の穴がヒリヒリしなくなり、やはりマスクは素晴らしいと思いました。

 一つ疑問があります。咳をしない風邪やインフルエンザの場合でも感染している人がマスクをする事で(感染者は弱っていてペラペラ喋らない事とする)感染する率が変わるのか?知ってどうなる訳でもないんですが、大変気になります。


 1/31公演の後日談のような物で書きたいと思っていた事がありました。先日の「ななかいの山場」の後、セブンスフロアでの打ち上げが終わり(2:00)、渋谷のサンチョ・パンサではなく、ドン・キホーテで酒やおつまみを買い込んでタクシーで落人の様に作戰本部へなだれ込みました。メンバーは「よくぞ生き残った、我が精鋭たちよ!」といった感じでシマさん、A・Dueのベースジョウジさん、ドラム加来さん、ドラムの棚さんといった感じ。朝方まで大いに語り、��(高)山公演の今後についても具体案が沢山出ました。今後は先輩方のお力も借りて面白くできるかなと期待しています。酔いが覚めたら忘れてるなんて事は無いですよね…?
   
    加来さん         久力譲二さん



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2003年02月02日(日) 指が震えています

 ななかい公演が終わり、気を抜いた途端堰を切ったように熱を出しました。録音も出来ないので仕方なく関節の痛みに耐えて「インフルエンザ」「効く」「食べ物」とか無駄な検索を繰り返してます。

 今回の公演で一つだけどうしてもこだわった曲がありました。それは曲順表に「秘密の曲」と書いてあった曲。あれはある人の結婚式のために作った曲でした。披露宴、ななかいで行われた二次会でアコースティックギターで演奏してあまりいい出来でない気がして、いつかピアノで演奏したいといつも思っていたものでした。

 アコースティックギターでやった時よりはイメージに随分近かったんですが、どうだったでしょう。

 今晩は闘病に燃えます。くじけませんよ。男の子です。


 小鹿のような僕にはげましのお便りを!

 流行り病はトリップします。浮遊感がたまりません。


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