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2008年07月21日(月)
塗りかさねる








7月21日、公園の木陰にあるベンチで
ふたりは知り合うはずだったのだ
灰色に薄汚れた
ペンキのだいぶはげかかってしまった
小さなベンチで

まず彼が座り、本を開いていたところへ
ふんわり彼女が通りかかるのだった
それから、そう遠くない日には
ふたりで寄り添って暮らすことに決めるのだ

不動産屋をまわったり、仕事を辞めたり
ぶん殴り合ったり皿を投げあったり靴も履かず
飛び出したり追いかけたり
UFOを見たとさわいだりとか
またひとつ詩が書けたとさわいだりだとか
深夜映画を録画し忘れたとか
カレーにはこのスパイスがなくちゃね、だとか
こどもができたみたい、だとか
そうやって
ふたりが暮らしたと思い出してみるだけで
50年後の初夏の空はなんだか
青すぎてしまって仕方ないと目玉を痛くするにちがいない

、という具合にちいさな暮らしを守りながら
年老いていくはずだったのだ、ふたりで

7月21日けれども
ふたりはそんな運命には出会う事はなかった
そもそも知り合いにすらならなかった
ベンチを一瞥しただけで
擦れ違って行ってしまった

『ペンキ注意』の紙がぺったしと貼られた
木陰のベンチがその日たまたま
真っ白く塗り直されたばかりだったから

真っ白く塗り直されたばかりだったから