Sports Enthusiast_1

2002年06月20日(木) トルシエは英雄か

サッカーW杯、日本代表は16強入りをはたしたものの、トルコに敗れベスト8に残るまでには至らなかった。先のフランス大会では勝点すら上げられなかった日本代表が、予選を第一位で通過したのであるから、快挙と呼べるかもしれない。しかし、フランス大会と自国開催の今大会を同じ位相で比較することは難しい。
もちろん自国開催のチームがすべて予選通過するとは限らないが、ホームというものの認識があまりない日本では、W杯という土壌で単純に比較してしまうようだ。サッカーにかぎらず、日本のマスコミには、スポーツにおける<ホーム・アウエー>の関係を早く理解してもらいたい。これが国民的に了解事項となれば、たとえば、次回のW杯で日本が予選敗退してもショックはすくなくてすむし、今回の大会の「特殊性」も理解できるだろう。
さて、以前このコラムで書いたことだが、今回のW杯は監督にとっても選手にとっても、もっとも「おいしい」大会だった。また、それが両刃の剣であることも確か。負ければそれだけ、責任を問う声が強くなるからだ。このプレッシャーを跳ね除けた面は評価できる。だが、結果論ではなく、それ以上にホームの立場はサッカーにおいて優位なのである。
本大会の日本代表が幸運だった面はもう1つある。それはヒデ(中田)という抜群の才能をもった選手を得ていたことである。彼だけでなく、この世代に優秀な選手が多いことはそのとおりだと思うが、ヒデの存在は日本代表にとって飛びぬけて大きなものだ。彼に比べれば、かつての三浦、ラモス、中山、名波らは及ばない。極論すれば、ヒデの国際サッカーにおける位置と日本代表のそれがシンクロしていると言っても言いすぎでないくらいだ。
さて、トルシエである。彼はプロの監督としての仕事をまっとうし、結果を出した。彼は本大会のもっとも有利な条件である、ホームの意味を知っていた。やはり経験豊かである。しかも、うまく選手をコントロールできた。プロの監督としてやるべきことを、しっかりとやったのである。


 < 過去  INDEX  未来 >


tram