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2013年10月25日(金) 2013ドラフト会議総括

◎極めて平穏だった2013ドラフト会議

2013年の日本プロ野球(NPB)ドラフト会議が終了した。今年は新人不作と言われ、そのためであろうか、ドラフト会議はきわめてフェアに行われた。思えば一昨年は、読売以外に指名された場合、浪人を宣言した菅野がいた。また昨年は、早々に米国球団入りを宣言し、日ハムを除く全球団が指名を見合わせたところ、その日ハムが単独指名で獲得に成功した大谷がいた。彼らには終生、“ドラフト破り”の汚名がついてまわることだろう。

◎今年の目玉は松井裕樹投手

さて、そんな中、今年話題の新人は、松井裕樹投手(桐光学園)だ。174センチ、75キロと近年ではやや小柄な左腕。最速149キロ直球と鋭いスライダーを武器とし、高校NO・1投手と言われる。高2夏の甲子園で1試合22Kの大会新記録をマークした。そんな松井に、DeNA、中日、日ハム、ソフトバンク、楽天の5球団が1位指名を敢行、抽選の結果、楽天が交渉権を獲得した。

◎松井は早くからスライダーを多投しすぎ

話題先行の松井である。プロ野球で一球も投じていない才能のある投手に礼を失することを承知で言うが、筆者は松井にあまり期待しない。来シーズン、もしくは数シーズン、松井はプロで成功するかもしれない。がしかし、松井の投手生命は長いと思えない。その理由は、あまりにも早くからスライダーを多投していることにある。いま、MLBのワールドシリーズ(セントルイス−ボストン)がたけなわだが、そのTV中継で解説をしていた元MLB(セントルイス)の田口壮氏が米国の投手育成について興味深い解説をしてくれた。

田口氏曰く――米国では投手にスライダー、カーブ等の変化球を投げさせるのは、ハイスクールに入ってから。身体ができあがっていない若い投手には、ストレートとチェンジアップを並行して投げさせる。なぜならば、このどちらの球種も腕の軌道が同じで、肘に負担をかけにくいから。

米国と日本の投手育成法の違いについては、このコラムで何度も取り上げてきた。肩、肘等は消耗品だとするのが米国的思考で、日本はその反対に、鍛えなければ強くならないという。確かに、筋肉等は鍛えなければ強度は増さないし、筋量も増えない。だから、正しい方法で適正な時間、筋肉トレーニングを行えばその強化は進む。問題は、野球の投手の投球が一般的筋肉強化の範疇に入るのかどうかではないか。人間が硬球を全力で100球程度投げ込む運動――しかも変化球という特殊な投法――は、きわめて異常な負荷を肩・肘等にかけるのではないか、と筆者は考える。日本式の鍛錬・強化方法を投手に課した場合、いったいどれくらい投手生命を保てるのか。

筆者は、田口氏をはじめとする米国流の肩・肘消耗論に賛成する。よって、先発投手のローテーション制及び球数制限に賛成する。この制限は、プロ野球選手にかけられるものというより、育成途上のアマチュア投手にこそ、厳正に適用すべきと考える。つまり、日本の高校野球(甲子園)大会における投手にこそ、この制限をかけるべきだと考える。甲子園の予選、本戦は問わない。もっと言えば、18歳以下のすべての投手は、あらゆる試合、大会において、投球数制限もしくは登板間隔制限をかけるべきと考えている。

◎話題性に賭けた5球団

さて、松井である。松井についての報道によれば、彼は登板のたびに全打者に対し、全力投球を信条としているらしい。甲子園大会の予選、本戦のみならず、そのほかの大会においても、そうだという。彼の登板した試合数、1試合当たりの球数がどれくらいの数にのぼるのか知りたいものだ。ストレートとスライダー等の球種別の割合も知りたいものだ。筆者の推測によれば、異常な数字と割合が出てくるものと思われる。

そんな松井を1位指名したのが楽天を含めて5球団もあった。12球団中の5球団であるから、異常な人気ぶりだ。だが、この5球団が真に松井を将来有望な投手だと思って指名したのかどうかには、疑問が残る。プロ野球は人気稼業。話題性は必要だ。キャンプ、オープン戦、シーズンを通じて、メディアやファンの注目を集めることが球団経営にとって重要なことは言うまでもない。いわんや、日本のプロ野球の場合は親会社の宣伝媒体として運営されている面が強い。その観点からすれば、アマチュア野球界でスター扱いされた人気者を上位指名することは、戦力面の強化よりも宣伝面の効果として必要度が高い。

松井を1位指名したDeNA、中日、日ハム、ソフトバンク、楽天は、等しく、ファン獲得が絶対条件の球団ばかり。DeNA、楽天はネットサービスの会社で、人気者の加入は営業面に有利に働く。中日は選手の高齢化とスター不足によるファン数減少に歯止めがかからない。このまま退潮傾向が続けば、親会社の新聞発行部数にも悪い影響がある。日ハムは「アマ野球ナンバーワンを指名する」ことを旨としてはばからない。ソフトバンクも、広告宣伝で携帯電話のキャリア数増競争において、他社と熾烈な争いを繰り広げている。

◎戦力重視の7球団

一方、人気先行の松井の1位指名を避けたのが、読売、阪神、広島、ヤクルト、西武、ロッテ、オリックスで、この7球団は、オーソドックスに、ドラフトを戦力アップの一環として位置づけ、そのように行動した。オリックスが実業団ナンバーワンの吉田一将(投手・JR東日本)を単独指名した結果がそのことをよく象徴する。

◎“ドラ1”の二面性

ドラフトの目玉という表現には二面性がある。入団してもらうことに意味のある選手というものと、真に戦力として期待する選手という意味だ。もちろん後者であっても、大成しない選手は多い。それだけ、プロは厳しいということだ。

その一方、前者の選手を代表するのが、近年ではハンカチ王子こと、斎藤佑樹(投手・早稲田大⇒日ハム)だろうか。時代を遡れば、1位指名ではないが、長嶋一茂(野手・立教大⇒ヤクルト)、野村克則(捕手・明治大学⇒ヤクルト)が思い浮かぶ。両者とも父親が日本プロ野球を代表する名選手である。なお、アマチュア野球界のスターで、かつ、実力も十分となると、近年では大谷(日ハム)がナンバーワンだろうが、あまりにも多数いるので割愛する。

ドラフト会議を前にして、プロ野球志望届を提出するアマ野球選手は毎年、200名近くにのぼるという。NPBの場合の支配下選手登録は概ね、一軍と二軍を合わせた1チームに70名である。12球団であるから、840名がリミット。プロ選手希望者が多い割に受け皿が少ない。これは日本におけるプロ野球の市場性からみて、球団数が極めて少ないことによる。このことは別の機会に書くことにするが、日本のプロ野球界に野心的に参入しようとする勢力を既存の12球団が排除していることに起因する。才能のある選手が、機会を与えられずに廃業に追い込まれるケースが多い。

いずれにしても、指名を受けた若い野球人の今後の成功を心より祈念する。


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