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2013年11月19日(火) マー君はMLBに行けるのか

日本プロ野球(NPB)楽天の田中将大投手(マー君/25歳)の米大リーグ(MLB)移籍に暗雲が立ち込めている。MLB側が日本プロ野球機構(NPB)といったん合意した新ポスティングシステム(入札制度)案を白紙に戻し、新たに修正案を日本側に提出することを発表したからだ。いまのところ、MLB側の修正案の内容についてはわかっていない。日米で合意していた新制度案では、旧制度で最高入札額を得ていた日本の球団が、最高額と2番目の間となる金額を得る点などが変更されたていた。ところが、米側は、14日午前の時点で日本からの通知がなく、同日開かれた30球団のオーナー会議で修正案を提出することが決まったという。つまり、日本側の返答がMLBオーナー会議開催に間に合わなかったことが修正案再提出に至った理由だとしている。

だが、それは表向きの理由だろう。というのも、MLBのオーナー会議において、MLBの球団の多数が、新制度案に反対したためだとの推測があるからだ。MLB一部球団の反対理由は、MLBの中の資金が潤沢な球団だけがポスティングに参加できること、ポスティングの入札額が年々多額になりすぎていること――などが挙げられている。ポスティングにより、MLBのなかの資金の潤沢な一部球団に戦力が偏りすぎることを危惧する勢力が存在しているということか。

◎マー君のMLB移籍を支持する日本の野球ファン

ポスティングは、現行案・修正案を問わず、選手を受け入れる側(MLB球団)よりも放出する側(NPB)にとってメリットの多い制度。もちろん、選手は落札した球団しか交渉できないが、そこまで言うならば、FA制度を使うまでだ。選手がFA権を取得できるのはMLB6年、NPBは9年。MLBがNPBのFA期限まで待てずに必要とする選手――つまり特別な選手に限って、ポスティングが使われると言っていい。特別とは、MLBの球団が、保有権をもつNPB球団に高額な移籍金を払ってまでして、保有権を獲得したいということを意味する。

日本の野球関係者の中には、ポスティングそのものを廃止しろと主張する者もいる。野球評論家の張本勲氏がその代表だ。NPB→MLBは、FAに限定せよという。一見、この主張は筋が通っているかのようにみえる。がしかし、日本の野球ファンの考え方の変化を無視した意見だと言わざるを得ない。というのは、マー君のMLB移籍を支持するファンのほうが、日本球界にとどまれ、というファンの数よりも多いことだ。日本の野球ファンは、マー君が日本にとどまって好成績を上げ続けることよりも、海をわたって、MLBでどれだけの成績を上げられるかに期待を寄せている。ダルビッシュは父親がイラン人ということもあり、「純国産」投手とはいかなかった。だが、マー君の場合は、純国産、しかも、甲子園のヒーローであり、シーズン無敗で、弱小球団だった東北楽天を日本一に導いた東北復興の星でもある。つまり、マー君(のMLB移籍)は、日本国民の総意と言ったら大げさだが、日本球界の実力を計るべく、他に例を見ない絶好の素材なのだと皆が思っている。だから、マー君のMLB移籍は、「いま」でなければならない。そんなときにポスティング制度が利用されるわけだ。まさに、ポスティングの利が生かされた好事例になるはずだった。

◎ポスティングは日米の球団・選手・ファンに好都合の制度

MLBにしても、ダルビッシュ、岩隈の今シーズンの活躍をみればその実力・戦力という意味において、加えて、日本人観光客増加や関連グッズの売上増、放映権料等を勘案すれば、マー君は採算が合う素材――金の卵を産むアヒルにほかならない。米国の野球ファンも期待しているという。楽天も多額な移籍金を得ることができる。当のマー君にとっても、MLB移籍は希望どおりだし、初年度、楽天以上の契約金・年俸を見込めるうえ、活躍次第では、日本では考えられない契約金・年俸を見込める。

ポスティングは(旧制度、新案を問わず)、▽MLB(の球団)、▽NPBの(楽天)球団、▽日本の野球ファン、▽マー君、▽MLBの野球ファン――の5者がウイン・ウインの関係で落ちつける制度だったはずだ。

ところが、それに横やりを入れたきっかけが、日本の選手会だったというから話にならない。ポスティングでは、選手が希望球団に入れないというのが、反対の論拠だったというから愚かだ。常識から言って、なにからなにまで選手の言うとおりの贅沢な制度を望む方がまちがっている。世界中の野球選手がMLBに入ることを望んでいるなか、なにからなにまで日本人選手の思うようになるわけがない。

日本の選手会は現行、NPBにとってメリットの大きいポスティングに触れるべきではなかった。日本の選手会が第一に闘うべき相手は、NPBである。闘争の第一の課題は、NPBが日本人選手を縛る日本のFA期限9年の短縮だ。MLBと同じ6年にするよう、NPBと交渉すべきなのだ。ポスティングが選手を縛るというならばFAまで待て、という前出の張本氏の主張に理論上、日本の選手会は屈服してしまう。現行のポスティング制度がいかにNPBと日本人選手に有利かは、すでに述べたので繰り返さない。

◎マー君はMLBで活躍できるか、否、松坂の二の舞になる!

MLB側がポスティングの修正案提出で合意した背景には、前出のとおり、大多数のMLB球団の反対があったからだと言われるが、もうひとつ、MLBにおける、マー君の評価に係る変化が影響しているように思える。つまり、マー君がMLBでどれくらい活躍できるのかということだ。MLBは、マー君に懸念を示し始めたように思う。なお以下の論旨は筆者の推測であり、取材しての話ではないので、信憑性はない。

筆者は、マー君は松坂大輔投手の二の舞になると思っている。MLBの多数の関係者もそう考えているように思う。なぜならば、マー君がアマチュア時代から投球数過剰だったことによる。MLBがマー君の評価を変えたのは、日本シリーズ第7戦の9回裏の登板だったような気がする。前日160球以上投げた投手が翌日登板するというのは、日本でも非常識。いくら日本シリーズが短期戦とはいえ、あり得ない。それを知ったMLBのスカウト陣の頭の中に、日本の投手の異常な投球過多がよぎったのではないか。日本シリーズ第7戦は、MLBにそう確信させる象徴的「事件」だったのではないか。

MLBで実績を残したスターターといえば野茂英雄(1995−2008)だけ。黒田博樹(2008−)、ダルビッシュ有(2012−)、岩隈久志(2012−)が続こうとしているが、先は未知数だ。鳴り物入りで2007年、ポスティングで6年契約でボストンに入団した松坂は、その年と翌年のわずか2シーズンで故障した。2013シーズン末にメッツに移籍し来シーズン契約に至りそうなので、2014シーズン以降、彼の活躍が絶無とは言えないが、かなり厳しい。ほかには、マック鈴木(1996−2002)、石井久(2002−2005)、伊良部秀輝(1997−2002)、大家友和(1999−2009)、川上憲伸(2009−2010)といった具合で、大家、鈴木以外は5年もたない。FAの場合、30才近くでの入団だから、5年もてば“よし”という評価もあろうが、井川慶、和田毅のようにまったく戦力にならなかった先発投手もいる。

ブルペンだと、上原浩二(2009−)、田沢純一(2009−)、岡島秀樹(2007−2013)、木田優夫(1998−2005)、斉藤隆(2006−2012)あたりが思い浮かぶがいずれも短命。MLBで大活躍した印象の強い佐々木主浩(2000−2003)だが、たったの4シーズンだ。つまり、FAを使ってMLBに移籍を果たしても概ね3年程度で退団する投手ばかり。ならば、旬を狙ったはずの松坂だったが、入札金、契約金、年俸に見合った活躍はわずか2シーズンという惨憺たる結果に終わっている。黒田、ダルビッシュがその汚名返上で頑張っているが、まだわからない。

日本人投手の短命の理由は、FA権行使の場合は年齢の問題、ポスティングの場合は、松坂の事例として、アマ時代を含んだ投球数過剰の問題と総括できるのではないか。MLBで比較的長くプレーしている日本人投手は、概ね、甲子園大会経験のない者が多い。ダルビッシュは甲子園大会に4度出場しているので、MLBでこの先どのくらいプレーできるかに筆者は大いに注目している。

ポスティングの修正案がどんな内容になるかわからないが、2014シーズン、マー君がMLBで活躍する姿をみたいものだ。


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