lucky seventh
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2005年04月05日(火) 塗り固められた正義と、それを貫く槍。

生まれた時から死ぬことを知っていた。


















:塗り固められた正義と、それを貫く槍。





生まれた時から、漠然と分かっていた。
否。それは決められていたと言っても過言ではないだろう。

世界を統括する『神』に
捧げられる『人間』と捧げる『人間』の重さを計る『天秤』。
それは古の昔に死者の心臓と真実の羽の計った神の神話のようで、
けれど、現実にこの世界はこのプロセスとシステムによって動いている。

生まれる前か、はたまた生まれた時か?
どっちにしろ自分が介入できる前にあれよあれよ言う間に
周囲に流され、『生け贄』としての俺はその生を祝福された。

母はいない。
母は俺を生んだ後、名前だけを託して、残して消えた。
と、俺の教育係である奴は言っていた。

アヌビス

それが俺の名。
俺をこの世で唯一、無償で慈しんで愛してくれた人が付けた名。
記憶にない母の強く美しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
知らない母がそうやって笑う度、俺は笑いたくなる。






白い、白い階段が悠久から存在するこの白い空間にある。
この先には『天秤』があり、そこでこの命とこの命以外を天秤にかけ、
重かった方の願いを叶えるといわれる『神』がある。

「アヌビス」

今、その階段を昇り、命を計ろうとする少年を彼の声が呼び止めた。

「何だ?」

少年は階段に足をかけ、鷹揚と首だけで振り向くと彼がいた。
今まさに世界をかえる神聖な儀式の最中というのに、
厳粛なはずの白いローブに両手をポケットにいれているその姿は、
まるでどこぞの不良のようで彼は苦笑した。
にやりと笑ったその顔は楽しそうに笑っているのに
どこか、悲しそうだったのにも気付いた。
少年をここまで連れてきた大人達は、それがこの少年がこの役割を
全うすることに感極まっているからだと言っていた。
自分達はなんて立派な『贄』を育てたのだろうと笑っていた。
けれど、彼には分かっていた。
そうじゃない。と。

「行くんだね」

「俺はその為だけに生まれ、生きている」

彼の声に少年は歩みかけた足を止めて、今度は身体全体を向き合うように
くるりと振り向いた。

「俺はこれまで『生け贄』として世界の『柱』とされていった奴らの命と
それをただ甘んじて享受する奴らの命と、
どっちかが重いのか計らなければならない。」

憮然という少年に、彼は笑った。
そんなの分かり切っているだろうと。

「何億も存在する命と、たった数百もの命を計るの?」

少年も笑った。
お前が言ってたことだろうと。

「この世界は腐っている」

腐った蜜柑の方程式を知ってるだろ?
なんせ、お前が俺に教えたのだから。
少年の言葉に彼は頷いた。

「そうだね。1つの腐った蜜柑でよくもまぁ、これだけ腐らせたもんだよ」

「蜜柑を腐らせるのは簡単だったろうに?」

「とっても」

少年はその答えを予想していたが、いざ実際言われるとなんとも
不可思議な気持ちだった。
結果は一目瞭然だと言うのに、それでも彼の態度は常日頃と変わらない。
思い返すと元からこんな風だった。
何かを仄めかすように、嗾けるような物言いは
彼の他は知らない。
否。1人だけいたかもしれない。
記憶に残らずにこの名だけを与えて、消えた人。

(あぁ。)

少年は何かに気付いたように笑った。

(そう言うことか)

彼は母と同じなのだろう。
世界よりも自分を選んだのかもしれない。
少年は笑った。
それは自分の母と違う、理由かもしれないがそれでも嬉しかった。
これから世界をひっくり返すような、自分の答を肯定する彼に。















生まれた時から死ぬことを知っていた。
それならば何故、自分は生まれてきたのかを考えたこともあった。
死ぬ為だけに生まれてきたのなら、それはあまりにも惨めだったから。
決められたレールの上を歩くの趣味じゃない。
他人の言いなりなんて真っ平だった。
死が恐いわけじゃない。
誰かに言われて、誰かに決められて死ぬことが嫌だった。
この身体とこの命だけが唯一自分の変わらぬ所持品だったのに、
それすらも許されぬことがムカツイタ。

そして何より、それを当たり前に思う奴らのことが憎かった。

この命がその他の命より軽いなんてあるはずがない。
俺は知っている。
これまで捧げられた『人間』たちはただこの世界を愛していたのを。
だからこそ、その願いのままに『天秤』は捧げた方の命に傾き、
その『人間』の願いを、祈りを叶えたのだと。


けれど、俺は違う。
俺は世界を愛しているからこそ、俺を裏切り続ける世界が憎いのだ。
愛しているからこそ、憎かったのだ。




アヌビス

それは死者の命を計るもの。
そして、裁くものの名でもあったと言われている。


ナナナ

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