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女心(その六) - 2002年03月28日(木) 7歳年下の女性との話の続き。 今から11年か12年前のこと、つまり僕も彼女も独身だった頃、ふたりで飲んでいて、こう言われた。 その時、僕はたぶん32歳、彼女はたぶん25歳。 「わたしが30まで独身のままだったら、結婚してくれない?」 どういうきっかけで、そんな話になったのか、まったく記憶が消し飛んでいるのだが、なぜかそのくだりだけを覚えている。 当時彼女は着付けの教師をやっていたが、あと5年間、ひとりであれこれチャレンジしたいのだけれど、30歳になったら落ち着きたいから…ということだったのだろう。 それに対して、僕は「もちろん」ともいわず、かといって「嫌だ」ともいわず、ナマ返事をしたような記憶がある。 その頃の僕は、社内のとある女性に交際を申し込んでいながらも、その女性から「一対一のお付き合いはどうも…」などとやんわり拒否されていた状態であった。 もちろん、今の妻ともまだ知り合っていない。 だれか、結婚してくれそうな相手がほかにいるわけでなかった。 そういう意味で、彼女は僕にとっても一種の「保険」とはなりえた。 だから僕は、「もし僕があと五年後もひとりでいたならね…」などとはあえていわず、「まあまあ」となだめるように「イエス」とも「ノー」ともつかない、でもどちらかといえば肯定的な返事をしたのだと思う。 そこから数年、なぜか彼女と会う機会がなくなる(別にわざと会わないようにしたわけではない、念のため)。 結局、五年待つことなく、僕は約二年後、別の女性と結婚してしまう。 そのことに対して、彼女はどのような思いを抱いたかは、僕にはもちろんわからない。 「あの約束(というほどのものでもないが)はどうなったの!?」 と責めるようなものなのか、 「どうせ、口約束だから忘れてもしょうがないわね」 と軽くあきらめたのか。 よくわからない。 なにせ、ふたりには「肉体関係」(響きがよくない言葉だが)はまったくないのである。 「責任とってね」なんて言う間柄ではないのだ。 思うに、僕は彼女との「恋愛」をかなり早い時期から断念していたのではなかろうか。 「足長おじさん」ではないが、彼女の「代理アニキ」に徹しようとしたのだ。 なぜか。 恋愛というものは、多くは「入り口」での勝負だ。 まず「付き合う」「付き合わない」という「篩(ふるい)」にかけ、その中間というあいまいな選択肢は、ふつうとらない。 過去に何度も「入り口」で拒絶、まさに門前払いを食らった苦い経験のあった僕は、彼女に「付き合ってくれ」と決断を迫ることにより、また拒絶されることを恐れ、「友人以上、恋愛未満」のぬるま湯的関係のままでいようとしたのだ。 やはり、拒否されることで傷つくのは、(慣れっこにはなっていたが)できれば避けたい、そう思っていた。 そんな姑息なことを考えていた自分にくらべれば、今回、シングルマザーになる「決断」をした彼女はなんとも潔く、見事であった。 傷つくことを恐れている人間には、まともな恋愛ひとつ出来やしない、そういうことだ。 たぶん、僕のやりくちなどは、精神的にはずっと年上の彼女にはお見通しのはずなのだろうな。 「女心」を読んで、自分に有利なように事を運ぼうと思うなんて、ゆめゆめ思わないほうがいい。 しょせん男というものは、女性の掌(たなごころ)の上で飛びまわって意気がっている孫悟空のようなものだから。 ...
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