まーくん的日常...まーくん

 

 

青春に乗り遅れ(一) - 2003年07月30日(水)

世間的には―とくに生徒・学生・教師にとって―夏休みらしいが…
まったく休みなく働いている僕には、とんと無縁の話ぢゃい(怒)。
それでも、来月になったら、少しは骨休みをしようとは思ってるけどね。

さて、きょうは思い出ばなし。
会社に入って3年目の夏だから、まる20年も前のこと。
7月の末か8月の初旬、ちょうど今ごろの出来事だ。

当時の僕は、今以上に多忙な毎日を送っていた。
残業づけの毎日で、日付けが変わる前に家に帰りつくことなど滅多になかった。

それでも、20代なかばの独身で、遊びたい盛り。
とにかく、綺麗な子、可愛い子と知り合いたい一心で、わずかな時間を見つけては、パーティやコンパのようなイベントに顔を出すようにしていた。

当時、僕もかかわっていた、横浜を本拠地とするグループがあった。
横浜にある某私立女子校の出身者を中心に、彼女たちの進学先(某美術大学、某おボンボン大学など)での仲間を巻き込んで、いろんな連中が集まっていた。
僕も、その中におさななじみの女性がいた関係で、グループに出入りするようになった。

メンバーの多くは、定職というほどの定職もなく、親のスネをかじりながら大学院に通ったり、バイトをしたりといった、いわゆる「モラトリアム族」。
定職についていても、学習塾の教師や美術館の学芸員みたいな、社会人とも何ともいえないような曖昧な連中が大半で、僕のようにワーカホリックな人間はごく少数派だった。

そんな彼らの中でも、ひときわ「お嬢」的存在の女性がいた。
父親は中堅クラスのホテルのオーナー社長。
その父親が持っている(というか、表向きは会社の保養施設)箱根仙石原の別荘で、グループのみんなが勢揃いして、バーベキュー・パーティをやろうということになった。

開催日は金曜の夕方から。
それを聞いて、僕は悶絶した。
「その日は、仕事の締め切り日じゃんかよぉーっ!!」

行きたい、でも行けない。
いや待てよ。何とか早く終えて(といっても、8時、9時って線だろうが)、そこから急いで箱根まで行けば、夜半までには着くかも…。
とにかく、行くための最大限の努力をすることにした。

で、当日、9時台になんとか業務終了。
これはいつもの退社時間から比べれば、かなり早い。
とはいえ、箱根はやはり遠い。
果たしてパーティに参加できるのか?
とにかく、行くっきゃない!と会社から東京駅までタクシーで乗りつけ、東海道線の列車に飛び乗った僕であった。(この項続く)


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