日記帳




2008年02月04日(月) 追い込む、もしくは追い込まれる

現在鋭意執筆中の「赤い話」の続きから、自分を追い込む意味も込めて、冒頭部分を転載。
どの場面でどう切ったらいいのか次第に分からなくなってきたのが悩ましいところです。

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 案の定、レディ・ダァリアの姿を認めたディオスは、あからさまに機嫌を悪くした。
 僕が彼女を伴って喫茶店を訪れた時、彼は狭いカウンターの奥で、コーヒー豆を挽く作業に没頭していた。あんな苦いものは口に合わない、などと普段は毛嫌いしている癖に、豆を挽く時に立ち上る香りは好きなのだと言うから勝手なものだ。ドアベルの音に顔を上げた彼は、多分「やあ」とでも言おうとしたのだろう、軽く片手を上げかけたが、続けて現れた彼女に気付くと、中途半端な姿勢でぴたりと動きを止めた。見る間に表情が険しくなる。やはり、と内心うんざりした思いを押し隠し、既に人の集まり始めたテーブルの方へ彼女を促すと、咎めるような視線と向き合った。
「クロイ、君が呼んだんだな」
 疑問ではなく断定だ。正しくは、僕が招待したわけではなく彼女からの申し出を了承しただけなのだが、そんな些細な相違を主張したところで、焼け石に水だということはよく分かっている。弁解は諦め、黙ることにした僕に向けられる彼の視線は余計に硬度を増したようで、もはや咎めるというより睨み付けると言った方が正しいかもしれない。思いがけない華やかな来客に、歓声の上がる店内を横目で見ながら、僕はカウンター越しに身を乗り出し、なんとか彼を宥めようと試みた。
「ねえ、ディオス。君が彼女と顔を合わせたくないことは僕も知ってるよ。でもね、他の人たちはみんな彼女を歓迎してる」
 ほら、と片手を振って示して見せた僕の仕草を撥ね付けるようにそっぽを向き、分かってる、と彼は不服そうな小声で答えた。石蹴りをする子どものように爪先を床に打ちつけ、分かってるよ、と繰り返す。
「君の言う通り、彼女は歓迎すべき特別なお客だ。なぜなら」 
 いかにも不本意、といった風に、彼はそこで一旦言葉を切った。
「なぜなら、何だよ?」
「ああ。……見てご覧よ」
 ディオスが指し示した先、古いオルガンが置かれた前で、ちょうど彼女が喫茶店の主に挨拶をしているところだった。この定期的に開かれる真夜中のお茶会の主催者でもある店主は、彼女が差し出した右手を恭しく両手で握り、額を押し付けんばかりに深く頭を垂れている。彼女が何事かにこやかに話しかけているが、感に堪えないといった面持ちでただただ頷くばかりだ。どうやら、言葉も出ないらしい。あの人は若い頃から彼女の熱烈な信奉者なんだよ、とカウンターに頬杖をついたディオスが説明する。
「まあ……僕ひとりが駄々を捏ねたところで始まらない、か」
 観念したように呟くと、彼は突然丸めていた背をしゃんと伸ばした。胸を反らすようにしながら、笑いさざめく人々の元へ大股で歩み寄っていく。僕は慌てて後を追った。彼のことだ、きっと一矢報いずには気が済まないだろう。

***

余談。
「赤い話」の続きに取り組み始めた頃、通勤で毎日通る道すがらに「Dios」という美容室が出来ました。看板を見る度に「……ああ!」と複雑な思いで頭を抱えたくなります。





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