今日はこの町に進学した従妹に会う。 お土産のハムレットとマクベスを渡した。 壬生寺に行きたい、と言うのでついでに幕末維新めぐりにする。 と言っても、洛中のみだが。 昔、「私、佐幕の狗だから」と訳のわからん豪語をする友人と、 洛中洛南を回ったときは色々な挿話(ネタとも言う)を聞けて面白かった。 寺田屋も泊まったし。 従妹は、近藤が好きらしい・・・また、これも渋いな。
四条河原町で待ち合わせだったので、 池田屋騒動跡→坂本竜馬・中岡晋太郎遭難の碑→ 大村益次郎・佐久間象山遭難の碑→坂本竜馬寓居の碑を回って、 鴨川を渡る。 加害者の幕末三大人斬りの一人、茶坊主上がりの河上彦斎は、短身痩躯で 左足を深く後ろに引く癖があったらしいけど、それでよく長身の 人間を斬れたよなあと思う。 彼の最期は、木戸に切り捨てられた臭いが、 「赤き心の 花や咲くらん」と言う辞世の句は結構好きだ。
三条京阪から祇園へ下る途中の、白川南通りや巽橋は、 京都で一番好きな情景だ。昔ながらの街並みで。 祇園では、鍵善の黒蜜葛きりで、一息。 ここの烏帽子汁粉もおいしい。
八坂神社では、青金石の勾玉を見つけてしまい購入。 「空色勾玉」の影響かな。 坂本竜馬・中岡晋太郎の像→いわゆる高台寺党の御陵衛士屯所 →霊山護国神社
ここからの京都市内の眺めは、矢張りいつきてもいい。 池田屋騒動の解説の札は、公正を欠いているようにも思うが、 維新志士のお墓に添えられたものだから、仕方ないか。 坂本、中岡、木戸、久坂、高杉と早々たるメンバーだ。 中岡は、あの甲子園球児のような、ニカッとした笑顔が面白い。 木戸は、日本で始めてブロマイドが売れた人らしいが、 確かに顔立ちは整っていると思う。 (個人的には土方の顔の方が好きだが。) でも、チャールズ皇太子といい勝負ぐらいの馬面の高杉が、 もてたらしい。けれん味があるからかな? 彼の場合、辞世の「面白きこともなき世を面白く」よりも、 「三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい」が好きだな。 ああ、この辺が、たらしの所以か。 でも、山県有朋なんかには嫌われていたらしいけど。
2年坂でおうどんを食べる。ついでに清水坂で豆乳ドーナツも。 前に友人に薦められたものだけど、これがふわふわで結構美味しい。 一気に西へ進んで、七条油小路。伊東甲子太郎遭難の地。 と言うよりも、高台寺党絶滅の地。 島原の大門を通り抜けて、新撰組資料館は時間の関係でスルー。 壬生寺に到着。 ここでも改装がなされていて、新撰組関係の所は、 有料になっていた、別にいいけど。 年末時代劇で、改めて可哀想さが浮き彫りになった (沖田じゃないけど、「一さん、ひどいなあ」)河合耆三郎に、 日本酒をお供え。お酒好きか知らないけど。 ここのお寺、幼稚園と老人ホームが併設されていて、 なんだか、「揺り篭から墓場まで」を地でいっているような。
八木邸(中には入れず)→前川邸→光縁寺 山南敬介や、沖田の縁者のお墓がある。 沖田の縁者と言うのはちょっと伝説っぽい気もしなくはないが、 一応、彼の名前を言うのは憚られる愛人のお墓となっている。 この動乱の時代、しかも沖田(別に身分は高くない)なのに、 なぜ、名を残せなかったのかなあと思うが、 そういう人がいてよかったね、と思う。 沖田は、源義経と一緒でなんとなく美男子になっているようだが、 一応残っている肖像では、ひらめ顔だ。 でも、あれも信憑性は疑わしいらしいので、覆っても面白い。 このお寺は新選組関係の本や資料が本堂に色々あって、 いずれじっくり訪れたい。(気候のいい時に)
従妹が、方向音痴気味で老婆心ながら気になるところ。 京都に来て何ヶ月もたつのに、位置関係が余りつかめていない。
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