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ななつの剣。 | 2005年03月02日(水) |
「この世には、神代に創られたななつの『剣』があることを皆さんはご存知でしょう――」 朗々とした神父の声が光射す朝の教会に響く。 その視線の正面、木製の長椅子に腰掛けた信者たちは、荘厳な空気に息を詰めて彼の話に耳を傾けていた。 「我らが御神が混沌溢れる世界を秩序に導いた折、その御手に握られていた、大地より生まれし神剣レガイア。その脇に常に控えておられる神の御子、終末に降り立ち再び満ちる混沌を制す王者メイ=シェが剣、聖剣デヴァエル。混沌を導く者、神に背き地に落ちた悪しき魂カリスの所有せし魔剣レベルラ。我らに神の御言葉を届ける聖なる使いメイエルの短剣、聖剣ディンガラ」 そして時代は下り、と若い声は落ち着きと深みを持った響きで続ける。 「猛き英雄、或いは神の尖兵ゴゥエルが大剣、炎を呼びし名剣エヴァン。そして最後の、神の懐刀であった失われし双剣の正しき銘は我らの知るところにありませんが、その片割れは今も教会に安置され、ひとびとの心の拠り所になっていることも、お集まりの皆さまはご承知のことと思います」 手に持つ聖なる書物から視線を上げ、青年は穏やかに微笑んで聴衆を見返した。 * 「……なかなか素晴らしい演技力ですこと」 「いやぁそれほどでも」 ぽあぽあとした無害そうな、或いは頼りなさそうな声と顔で、先ほどまで説教を行っていた神父はへらりと笑った。 「別に褒めてないわ。あのひとたちの誰も、あの真面目で熱心そうな神父サマが実際はこーんなへろんへろんした情けない男だとは知らないでしょうねー罪作りだわーという話よ」 「あっ酷い。これでも僕、神学校を主席で卒業したんですけど!」 はッ、と塀に寄り掛かっている修道女は鼻で笑った。 「そりゃよっぽど他の生徒が駄目なヤツだったか教師の目が腐ってたかのどちらかだわ」 「うう酷い。罪作りという点で言うなら、巷で聖女と騒がれている修道女がこんなに態度と口の悪い貴女ということの方がよっぽど酷いですよー!」 「うるさいわね好きで聖女やってるんじゃないわよ文句あるならレガイアに言ってちょーだい」 「しかも神剣レガイアを軽々しく呼び捨てにするし……ああ神よ、どうかこの聖女をお許し下さい、出来ればついでに貴方の御膝元まで召しちゃって下さい僕の心の平安のために」 「何その私情こもりまくったいい加減なお祈り」 良いんですよ、と彼は真顔で答える。 「そもそもお祈りなんて私情でやるもんなんですから。それにこれは僕だけじゃなくて他の被害者の方も救うという点で私情からは外れごふぅッ」 「うるっさいわね」 見事な回し蹴りを食らった神父は見事にその場に尻餅をついた。 「ああ神よ、貴方の選ばれた聖女を愚弄する神父の風上にも置けぬこの男をどうか貴方の御膝元に召し上げてその罪をお許し下さい」 「ひ、ひど……っ」 うわあああん、とその場で泣き真似をする神父を、聖女は呆れ返った目で見下ろした。 ****** 起承転結の起と結だけは決まっているのに真ん中がすっぽり抜け落ちているせいで始末に困る話。 ちなみにそれぞれにひとりずつ聖女さまがついています。 |